精神科Q&A

【2199】40年前に精神分裂病の診断を受けた義父について


Q: 私は34歳女性です。 お忙しい折にこんなことを長々と、と思いましたが、切実に悩んでおります。 どうぞお力をお貸しくださいませ。 精神分裂病(統合失調)と診断されたことのある義父に関して質問があります。私は嫁の立場の者です。 簡単に言いますと、「かつて精神分裂病と診断され、陽性症状がなくなるまでは診療を受けたものの、医師の許可無く診療と服薬を中断した義父は、数十年を経て再発に向かっているのではないか?」という質問です。 
では、本文です。 お願いします。 義父69歳は、約40年前に、幻覚症状などが出て診察を受け、「精神分裂病」とされました。 幻覚の内容は、虎など猛獣に食べられてしまうというような荒唐無稽なものだったそうです。  当時、義父は結婚1年ほどで、第一子長男が生まれたばかりでした。発病の直接のきっかけは、乳児だった長男を取り落とし、動転したことだったそうですが、結婚以降、予想外に気が強かった妻とのケンカ、実母と妻の嫁姑問題、乳児の居る生活など、生活の変化やそれに伴うストレスが多々あったものと推測されます。 発病以前は、大学まで問題なく卒業し、定職に就き、同級生との結婚に至るまで、表面的には順調でした。 精神分裂病と診断されて義父は即入院となり、1ヶ月は病院に居ました。当時の主治医はもう少し長い入院を勧めていたそうですが、家族の強い希望により早期退院、実家で療養することになりました。  療養は5年に渡り、そのうち2年ほどは、幻覚、幻聴に悩まされ、深夜に徘徊するなどしたため、一人には出来ず、実母や兄弟が添い寝していた状態だったそうです。 その後、症状が治まったため、義父は妻子の暮らす家に戻り、パートタイムを経て復職しました。 手に職があったことと、コネがあったために復職は比較的容易だったようです。 以降、いわゆる出世からは全く外れたものの、波風無く定年まで勤め上げて義父は引退しました。 陽性症状と言われる状態には戻らなかったということです。 ここまでは、親族、関係者の証言によって、事実と確認できています。 しかしながら、40年も前のことで、精神病についての無理解などもあったと思われ、「精神分裂病は誤診であり、本当はうつ病である。 病気になったのは、結婚生活のせいだ」とする義父実家と、「もともと病気だったのを隠して結婚させたのだ」とする妻実家の間で争いがありました。 両者は共に、「精神分裂病=先天的な疾患」という思い込みをしていた模様です。 従って、医師による診断は、義父親族にとって不利なものでした。 そのため、義父親族は主治医を信頼せず、処方された薬も極力飲ませようとはせず、勝手に量を減らしたり、後には漢方薬に切り替えたりしていたようです。 一方で、妻は主治医の診断を信じてはいたため、可能な限りは通院させ、服薬も勧めていたとのことです。 このあたりの事情は当時を知る人が各々勝手なことを言うためはっきりとはしないのですが、実家での療養中に幻覚症状が消えるまで2年もかかり、その後も何もせず2年以上過ごし、妻子のもとに帰ってからは1年ほどで社会復帰に漕ぎ着けているところから見ても、つまり妻子のところでは服薬を続けることが出来たのだろうと思います。 いずれにせよ、発病から6年ほど(入院1ヶ月、実家で療養5年近く、自宅からパートタイム勤務で1年)で義父は正式に職場に戻り、義父の病名は、親族間のゴタゴタから、「精神分裂病は誤診、実際にはうつ病だった」ということにされて、第一子長男及び、その後生まれた第二子にも伝えられました。 私は嫁ですので、この一家を知ってから十年ほどです。 現在の義父は、リタイヤして妻(私の義母)と次男(同、義弟)と三人暮らしです。私たち、長男夫婦は遠方に住んでいるため、顔を合わせるのは年に4回ほどですが、会うたびに義父の様子が気になります。 具体的には、何もないときに一人でずっと笑ったり、軽く鼻歌をうたいながら身体を揺すっていること。 目の前で家族がケンカをしていても、無反応でニヤニヤしていること。 乳幼児である孫(うちの子供たち)を、人形でも抱くように抱え込んで放さなくなること。 上の子はもう3歳ですので、本人もそういう扱いは嫌がるのですが、泣いても放さない。 近年酷く不衛生になり、シャワーさえ週1度か冬は2週に1度しかしない。 清潔な着替えが用意されているにも関わらず、衣類を洗濯せずにまた着ようとする。 また、義父のリタイヤ後、田舎のことで親戚や近所の老人達の揉め事が増えたそうなのですが、そういう集まりでも話が噛み合わず、「真理」と称する義父独自の理屈を唱えるばかりなのだそうです。 そして、揉め事が白熱してくると、家族のケンカのとき同様、無反応になって薄ら笑いを浮かべるだけになってしまう。 こうしたことが重なり、親族や近所のコミュニティに居辛くなったのか、数年前に突然キリスト教に入信してしまいました。 そちらの教会自体は、よくある街の教会で特別なカルトなどではないのですが、聖書などにある教義と義父独自の「真理」が結びつき、ことあるごとに「真理」について滔々と語り始めるようになってしまいました。 嫁である私に対しても、「真理」についてのつじつまの合わない長い手紙などを送ってくることが二月に一度ほどあります。 「真理」によると、親孝行は正しい行いであるとか、また、「真理」を追い求める義父は正しい人間であるとか、義父の要望と自己正当化を宗教的な言葉や聖書からの引用を織り交ぜて書いてあります。 それだけを読むと勝手なことを言うだけの嫌な老人のようですが、何かの要求と言うよりも義父の正当性に対する理解を求める姿勢が強く感じられ、正気のひとが書いたものとは到底思えません。 てにをはは合っているのですが、全体として支離滅裂で筋道の無い文章です。 こちらから返信しても、「これはこうではないですか?」という問いかけに対して、きちんとした返事があったことは一度もありません。 会話していても同様で、都合の悪いことを言われると逃げる感じなのですが、そのときの表情は視線が少し遠いと言うか、何かが届いていないようでもあります。 私としては、昔の「精神分裂病」という診断が本当だとして、義父の現在の状態は、陽性症状が出ていないだけの慢性期の状態なのではないかと危惧しています。 本来であれば、素人の私があれこれ気を揉むのではなく、専門家に診せるべきであり、憶測で病名や症状について言うべきではないとわかってはいます。 しかし、義母は義父に対してすっかり気持ちが冷めているようですし、義父長男である私の夫は、昔の病名を「うつ病」だったと思って育ったことから、「お父さんは昔からああいうひとで、近頃様子がおかしく思えるのは年齢のせいだ」と言うばかりです。 また、仮に私の思った通りに「統合失調症の慢性期」の状態だったとしても、義父の年齢からして、今更の治療はあまり意味が無く、放っておいてあげるのが本人のためではないかというのが、夫の意見です。 年齢も年齢ですし、本人に病識が全く無く、家族が現状で構わないと思っているのならば、確かに放っておけばいいと私も思います。 しかし、私が義父を見てきた10年の間にも、義父の様子はどんどん異常な方向に行っているように思えてなりません。 初めて見たときには私は義父が何らかの精神疾患がある人とは思わなかったのですが、現在は、義父をよく知らないひとが見ても、「大丈夫?」と言われるようになっています。 このまま病状が悪化し、いつか陽性症状が出てしまうのではないかと、大変不安です。 乳幼児と二人っきりにすることは言うまでも無く出来ませんし、私が見ていてさえ、老人とは言え男性が突然おかしくなったら、止められるものではないでしょう。 こう言っても、夫は考え過ぎだとして取り合ってくれませんが、万に一つも何かあってからでは遅いと思い詰めてしまいます。 人間としてみても、周囲の無理解によって治療を受けられず、本来の人柄が長い間に歪められ、家族からも「そういうひとだ」と思われて冷たい気持ちを向けられているとすれば、それは非常に不幸なことなのではないかとも思います。 述べたことが私の思い込みで、実際の義父はただのヒマな老人に過ぎない・・・ということであれば気が楽なのですが、先生から見て、義父が現在もまだ統合失調症であると思われますか? 或いは他の病気である可能性は疑われますか? 仮に病気だとして、このまま放っておくことで具体的な不都合が生じると思われますか? 投薬治療を受けることで、何か改善される見込みはどのくらいあるのでしょうか。 老後が見えてきていること、祖父孫という関係のことを思うと、胸が潰れそうです。医師に診せることが何よりの解決ということであれば、夫をもう一度説得しようと思っています。質問ばかりになってしまいましたが、なにとぞ、よろしくお願いいたします。  


林: まず結論としての回答を申し上げます。

簡単に言いますと、「かつて精神分裂病と診断され、陽性症状がなくなるまでは診療を受けたものの、医師の許可無く診療と服薬を中断した義父は、数十年を経て再発に向かっているのではないか?」という質問です。 

統合失調症であることは間違いないでしょう。そしてこのケースは、再発というより、症状が慢性的に持続しているというべき状態です。

統合失調症がよくなったとき、その後の薬物療法をどうするべきか。これはケースによっても異なりますが、原則としては、
・ 薬物中断が勧められるのは例外的なケースである。
・ 必要最小限まで薬を減らし、その量を続けることが大部分のケースで最善である。
ということができます。但し、「必要最小限」の薬の量として、ケースによってはかなり大量を要することもしばしばあります。

この【2199】のケースを見ますと、発症当時とその後数年間の精神症状は決して軽いとは言えませんので、薬を中断することができるケースとは通常は考えられません。そもそも、

療養は5年に渡り、そのうち2年ほどは、幻覚、幻聴に悩まされ、深夜に徘徊するなどしたため、一人には出来ず、実母や兄弟が添い寝していた状態だったそうです。 その後、症状が治まったため、

この時点では、表面上は症状が治まったように見えても、決して症状がなくなったわけではないと推定できます。

したがって、

義父親族は主治医を信頼せず、処方された薬も極力飲ませようとはせず、勝手に量を減らしたり、後には漢方薬に切り替えたりしていたようです。 

このようなことをすれば、悪化の一途をたどるのは当然です。
したがって端的には義父親族の方々が症状を悪化させたと言うことができます。けれども

義父の病名は、親族間のゴタゴタから、「精神分裂病は誤診、実際にはうつ病だった」ということにされて、

と書かれているこのような事情は、現実には他のケースでもしばしばあることです。その根本には統合失調症に対する偏見があり、それを回避するため「うつ病」ということにされているという形です。保護色としての擬態うつ病にあたります。
保護色としての擬態うつ病は、偏見を回避するためにはやむを得ない側面もある一方で、この【2199】のような深刻な事態を招くことがあるのもまた事実です。

周囲の無理解によって治療を受けられず、本来の人柄が長い間に歪められ、家族からも「そういうひとだ」と思われて冷たい気持ちを向けられているとすれば、それは非常に不幸なことなのではないかとも思います。

と質問者がおっしゃる通りです。

ではこの【2199】のケースでは今後どうすべきかということですが、

仮に私の思った通りに「統合失調症の慢性期」の状態だったとしても、義父の年齢からして、今更の治療はあまり意味が無く、放っておいてあげるのが本人のためではないかというのが、夫の意見です。

というのも一理あるとは言えます。
けれども、質問者の見解のように、

義父の現在の状態は、陽性症状が出ていないだけの慢性期の状態

かどうかが問題です。慢性化した場合、実は陽性症状が続いていても、本人がそれをあまり口にしないために、周囲からは見えにくくなっているということもよくあるからです(この【2199】では、メールの書かれた内容だけから見ても、陽性症状は十分にあると思われます)。
したがって、このケースも、現在の症状の正確な評価のためにも、精神科の受診が勧められるといえます。その結果、症状改善の余地はまだあると思います。


(2012.2.5.)


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