精神科Q&A

【2163】「自立が治癒へのただ一つの道」と医師から言われている息子(【2075】のその後)‏


Q【2075】幻聴があるが、プレコックス感がないので統合失調症ではないと診断されている大学生の息子 について 私の質問を取り上げていただき、感謝いたしております。 当時から現在までの約4年間の経緯をお知らせしたく、メールさせて頂きました。
その後も精神科の主治医に何度も尋ねましたが、やはり統合失調症ではなく「母子分離不安」が原因という診断で、精神的に自立することが治癒へのただ一つの道と言われました。同じ病院に通い続けていますが主治医は転勤で三回変わりました、しかし全ての方が同じ診断で、何よりも自立、仕事をして自分ひとりで生きていけるようになる事を目標にするように言われました。 息子は大学卒業後、会社に就職しましたが、幻聴だけでなく「人の顔が溶けて流れ出す」「周囲の景色の色が変化する」というような幻視もあらわれるようになりました。息子は幻覚が耐えられない、幻覚が止まらないなら死にたいと言うので、リスパダール、パキシル、エビリファイ、レボトミン、セロクエル、レキソタン、セルシンなどたくさんの処方を頂き、毎週かかさず診察に通いましたが薬は一向に効かずなかなかよくなりませんでした。会社にも行けなくなり、退職しデイケアに通いました。 少し安定してくると、自立を促す主治医の進めでデイケアをやめてアルバイトを始めましたが、突然バタッと意識を無くして倒れるという発作を繰り返して起こすようになり、入浴中に溺れそうになったりするようになりました。意識を失うと数分から数時間、まるで人形のようになり痛みなども全く感じなくなります。目を開いていることもありますが会話は出来ません。倒れた時のことは本人は全く覚えていません。 その後しばらくして、意識を失うだけでなく突然家からいなくなり近くの交番の中に入っていって保護されたり、また近くのコンビニに行って倒れて救急車で運ばれたりするようになりました。30分ほどもかかる病院の病棟で発見されたこともありました。そのときに診て下さったお医者様が息子に手を握らせて質問をなさいました。(YESだと握る、NOは握らない)それによると症状や飲んでいる薬を手を握って答えたそうです。 どこに行ってしまうかわからないのでセキュリティー会社のGPSで探し出して駆けつけてもらえるようなシステムも使用し、倒れた時に頭を保護するヘルメットや部屋から出るとアラームが鳴るものも使いました。その後、倒れたときにだんだん会話出来るようになりましたが、息子とは違う人物が出てきて話すようになりました。話せるときに出てくるのは9歳の女の子でした。いろいろな会話をしますが息子本人は全く覚えていません。精神科の主治医の先生は「今は自立への階段が辛すぎて解離の症状が出ているだけ」「一人暮らしも視野に入れて、親は口出ししないで見守るように」とのご指示でした。こんな危ない状態で一人暮らしなどさせられないと言うと、「それは分離の妨害です」と言われました。 一進一退を繰り返して1年ほどたったある日、息子は階段から落下して頚椎と胸椎を骨折し救急病院に運ばれ、二ヶ月間入院しました。入院中は精神科の主治医のもとには私が息子の代わりに薬だけ頂きに行きましたが二ヶ月以上もの間、精神科から離れたのに息子の精神状態はどんどんと安定していきました。三ヶ月ほどのリハビリのあと、精神科の診察にも通うようになりましたが、主治医がまた転勤で替わりました。その先生に今もお世話になっていますが、今までの先生方とは違い、自立とか母子分離とかは一切おっしゃらないそうです。診察時間もとても短くお薬が足りているか聞かれるだけだそうです。息子は、自分は統合失調症ではないかと一番に質問をしたそうですが、「幻聴があれば即統合失調症と診断するのは素人考えです」と言われたそうです。 息子は、今までの主治医の先生方は話をするといろいろ説教されるので凄く苦しかったけれど今の先生は話を聞いて下さるだけで何も言われないから楽だと言います。 骨折での入院から一年がたちましたが、幻聴は疲れた時だけ遠くでかすかに聞こえる程度でそうで、幻視、解離は全くありません。お薬はパキシルとセルシンだけを頂いています。ただ、知り合いの塾で講師補助のアルバイトを少ししているだけなので、以前の精神科の主治医の先生方がおっしゃった「自立が治癒へのただひとつの道」という言葉がとても気になっています。アルバイトの収入はお小遣い程度ですし、一人暮らしも不可能で自立からはほど遠い状態です。親元において精神的に安定した生活をさせることは、親による「自立の妨害」でしょうか。また不安定な状態に戻して自立を目指さないと本当には治らないのでしょうか。よろしくお願いいたします。 


林: その後の経過をご連絡いただきありがとうございました。
今回の【2163】と以前の【2075】幻聴があるが、プレコックス感がないので統合失調症ではないと診断されている大学生の息子 を総合しますと、息子さんは、統合失調症か解離か、区別が難しいケースだと思います。【2075】のメール内容からは、当時の回答の通り、やはり統合失調症の疑いは濃厚で、薬物療法が必要と判断できます。けれども今回のメールに書かれているように、

同じ病院に通い続けていますが主治医は転勤で三回変わりました、しかし全ての方が同じ診断で、何よりも自立、仕事をして自分ひとりで生きていけるようになる事を目標にするように言われました。

と、直接診断した三人の医師がいずれも同じ診断ということは、メールからの判断よりもそちらのほうがはるかに信用性があると考えるべきです。
【2163】と【2075】の質問文からは、母子分離に問題があることは読み取れませんが、それは質問者が当の母親だから書かれていないだけであって、複数の医師が同意見ということは、実際にこの質問者の話をお聞きすれば、息子さんへの過剰な干渉があることは明らかなのかもしれません。母親本人からのメールにそれが書かれていることは期待できず、これはメール相談の限界というほかはありません。

また、

意識を失うと数分から数時間、まるで人形のようになり痛みなども全く感じなくなります。目を開いていることもありますが会話は出来ません。倒れた時のことは本人は全く覚えていません。 その後しばらくして、意識を失うだけでなく突然家からいなくなり近くの交番の中に入っていって保護されたり、また近くのコンビニに行って倒れて救急車で運ばれたりするようになりました。30分ほどもかかる病院の病棟で発見されたこともありました。そのときに診て下さったお医者様が息子に手を握らせて質問をなさいました。(YESだと握る、NOは握らない)それによると症状や飲んでいる薬を手を握って答えたそうです。

これは解離性失神の可能性が高い症状ですので、全体としての診断が解離であるという判断に傾きます。

しかしながら、

リスパダール、パキシル、エビリファイ、レボトミン、セロクエル、レキソタン、セルシンなどたくさんの処方を頂き、

この処方をみますと医師は、ご本人やご家族への説明はともかくとして、統合失調症として治療しているとも考えられます。
とはいえ、抗精神病薬は、診断が統合失調症でなくても、幻覚や妄想の対症療法として処方されることもよくありますので、処方内容から診断名を推定するのはやりすぎとも言えるところです。

そして現在の主治医の、

「幻聴があれば即統合失調症と診断するのは素人考えです」と言われた

これはその通りですが、この先生が「統合失調症でない」と判断なさっているのか否か、この記載からはわかりかねます。
しかし診断はともかくとして、

今までの先生方とは違い、自立とか母子分離とかは一切おっしゃらないそうです。診察時間もとても短くお薬が足りているか聞かれるだけだそうです。

現在の主治医の先生のこのご方針は、おそらく息子さんに最適なものであると思われます。仮に母子分離に問題があったとしても、治療場面でそれを前面に出したり、性急に自立を促すことが、真に治療的に正しいとは限らないからです。(「性急に」自立を促すことが治療的に正しいとは限らない、という意味です。最終的には自立が唯一の道というのは正しいかもしれません)
 性急に自立を促して症状を悪化させるのは、たとえていえば、根治療法のためには開腹手術が必要で、しかし手術の技術がないのに開腹するようなものです。最終的に正しい方法が、「いま」正しい道とは限らないのです。この【2163】のケースでは、診断の難しさや母子分離の問題など、直ちには解決できない課題がいくつもあると思われますが、それらを認識したうえで、あえて心の奥底には立ち入らず、診療を継続するのが最善であると思われます。精神科の臨床ではこのようなことはしばしばあります。

今までの主治医の先生方は話をするといろいろ説教されるので凄く苦しかったけれど今の先生は話を聞いて下さるだけで何も言われないから楽だと言います。

というご本人の言葉にも、現在の治療が最適であることが表れていると思います。

【2075】で呈示された、

親の私としては、本当に統合失調症の治療をしなくていいのか不安で一杯なのですが

というご心配も、今回【2163】で呈示された

以前の精神科の主治医の先生方がおっしゃった「自立が治癒へのただひとつの道」という言葉がとても気になっています。

というご心配も、いずれももっともですが、現在の主治医の先生はこれらをすべて認識されたうえで、最善の診療を行なっていると思われます。今の治療をぜひ続けてください。

(2011.12.5.)


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