精神科Q&A

【2081】父の認知症と肝性脳症によるせん妄について‏


Q: 40代の女性です。74歳の父のことで質問をさせてください。父は10年前にアルコール依存症となり、そのころと前後して認知症の症状がでてきました。現在では肝硬変となり、時々肝性脳症の症状があります。 アルコール依存症の頃には、ぼんやりした感じで幻覚、失禁がありましたが、2年かけて禁酒させ、幻覚や失禁はなくなりました。認知症については、見当識障害はありましたが、日常生活ではあまり悪化することはなく、肝臓の治療で入院した時だけ、家に帰りたがり暴れるという行動がでていました。 昨年、食道静脈瘤の処置のために入院したのですが、そのときは処置後に点滴のスタンドを振り回すなど激しく暴れてしまい、母にまで手をあげました。私の顔を見て落ち着きましたが、病院からはその日のうちに追い出されました。 父の妄想が激しくなったのはその頃からです。見当識障害による不安や腹痛や腰痛などの身体症状、あとはテレビで見る不穏なニュースなどが引き金になるようです。強盗が家を見張っている、ある組織から命を狙われている、この家を狙っている連中がいる、お前もその仲間か、俺をどうやって殺すんだ、家に火をつけて全部燃やしてやる。。。というように進みます。調子のいい時は、話を聞いていればおさまるのですが、調子の悪い時は私や母を一切受け入れられない様子で、パニック、興奮、大声や態度での恫喝へと進みます。死にに行くといって家を出ることもあります。
医師の診断では、認知症と肝性脳症によるせん妄とのことです。確かに興奮しながら一瞬意識が途切れたりする場合は、肝性脳症だな、とか、不安げにこちらの話を聞いてくれる時は認知症だな、と思うのですが、夜間に発生する興奮状態は、肝性脳症、認知症と言うだけではない気がします。
もともとの父の性格は、正義感が強くふるまいが紳士的な人だった半面、人との付き合いが下手で、プライドに敏感で、すぐに逆上してしまうところもあったようです。若い頃に自律神経失調症で通院していたこともあります。 このような状況のもと、お伺いしたいのは以下の4点です。
1.肝性脳症や認知症によるせん妄で、上記のような興奮、攻撃、恫喝はありえますか?それとも、何か別の精神症状が合併していることも考えられますか?
2.1年前の病院での事件は、’術後せん妄’と呼ばれるものではなかったかと思っています。実は、父にヘルニアがあり、肝機能としては耐えられる状態と診断されたため近々処置してもらおうと思っています。認知症があるため、全身麻酔が前提になるのではないかと思います。術後せん妄を想定して、今診断していただいている一般病院よりも、身体合併症の対応ができる精神病院で処置してもらった方がいいのでは?と考えています。この考え方は正しいと思われますか? 
3.肝硬変により父の余命はあと1年程度と思われますが、私も母も長い介護に加え父の精神状態悪化で眠れずに限界に来ています。夜は2時間おきに起こされ、昼間私や母がうたた寝するのを見つけると怒って不安定になるのです。今後在宅で介護するためには、私と母の睡眠と身の安全を確保するため、父の余命が短くなっても構わない前提で精神薬を使うことを検討したいと思っています。精神薬で、父の妄想を抑えたり、夜は寝てもらったりということは期待できますか?精神薬を使う場合、薬が合わないと余計妄想や暴行が激しくなりそうで不安です。薬の効果を確認できるまで入院させることは一般的に可能ですか? 
4.祖父母と父など介護ばかりしてきた母を守りたい気持ちが強いのと、介護疲れのせいか、時々父をひどく憎んでいる自分がいます。私の気質は父に似てるんです。万が一にも父のようになって母に迷惑をかけることだけは避けたいと思います。私も予防的に精神科や心療内科を受診しておいた方がいいと思いますか?

長くなりましたが、人には聞きづらい質問を含め、本音で質問させていただきました。お忙しいところ大変申し訳ありませんが、率直なご意見を聞かせていただけますと助かります。よろしくお願いします。


林:
1.肝性脳症や認知症によるせん妄で、上記のような興奮、攻撃、恫喝はありえますか?それとも、何か別の精神症状が合併していることも考えられますか?

ありえます。というより、【2081】は典型的なせん妄の症状であるといえます。

確かに興奮しながら一瞬意識が途切れたりする場合は、肝性脳症だな、

「興奮しながら一瞬意識が途切れたりする」ことから肝性脳症だと考えることには、根拠がありません。

不安げにこちらの話を聞いてくれる時は認知症だな

そのことで認知症だと考えることには、根拠がありません。

夜間に発生する興奮状態は、肝性脳症、認知症と言うだけではない気がします。

それも根拠がありません。
すなわち、この【2081】のケースの症状の観察に基づいた質問者の推定診断は、いずれも根拠がないということです。

2.1年前の病院での事件は、’術後せん妄’と呼ばれるものではなかったかと思っています。

それは考えられることではありますが、当時診察した医師の診断を覆すほどには至りません。
 この【2081】のケースの診断で、まず確認すべき最重要なことは、もし肝性脳症になったという事実があるのなら、これまで精神症状が見られたそれぞれの時の肝性脳症の状態の評価です。それには最低限でも血中アンモニアと脳波検査の結果が必要です。
 とはいえ、おそらく肝性脳症になったことがあるのが事実と思われますので、するとこれまでの精神症状のすべてが肝性脳症の症状であった可能性があります。より正確にいえば、肝性脳症の症状であったかどうかを確認しないうちは、他の診断はくださせないということです。認知症の診断についても疑問が残ります。表面上は認知症にみえても肝性脳症あるいはそれに伴うせん妄であることは十分に考えられるからです。それに関連して、

昨年、食道静脈瘤の処置のために入院したのですが、そのときは処置後に点滴のスタンドを振り回すなど激しく暴れてしまい、母にまで手をあげました。私の顔を見て落ち着きましたが、病院からはその日のうちに追い出されました。 父の妄想が激しくなったのはその頃からです。

この「処置」がいかなるものであったのか記載がないので不明ですが、このときの精神症状は、肝性脳症の悪化と術後せん妄の両方が考えられます。両者の複合というのが最も考えられるストーリーです。いずれにせよこのときの行為は「症状」であり、肝性脳症や手術の後にこのような症状が出ることは十分にあり得ることですので、それ以外にどんな事情があったか不明ですが、この症状を理由に病院から追い出されるというのは納得しかねることです。それから妄想が激しくなったとのこと、それは治療中断による肝性脳症の悪化かもしれません。

実は、父にヘルニアがあり、肝機能としては耐えられる状態と診断されたため近々処置してもらおうと思っています。認知症があるため、全身麻酔が前提になるのではないかと思います。

前述の通り、認知症が本当にあるかどうかは疑問ですが、それはともかく、

術後せん妄を想定して、今診断していただいている一般病院よりも、身体合併症の対応ができる精神病院で処置してもらった方がいいのでは?と考えています。この考え方は正しいと思われますか? 

その考え方は正しいです。理由は上述の通りで、せん妄(肝性脳症によるものを含みます)の対応ができない病院で手術を受けることはお勧めできません。
 ただし、この【2081】のケースは身体的にもかなり重症と思われますので、このような重症な「身体合併症の対応ができる精神病院」はそうどこにでもはありません。
 すなわち、このような状態ですと、身体症状と精神症状の両方にかなり高度な医療が必要であり、それが可能な医療施設はそうはないので、どちらかを重視して病院を選ばざるを得ないということです。

3.肝硬変により父の余命はあと1年程度と思われますが、私も母も長い介護に加え父の精神状態悪化で眠れずに限界に来ています。夜は2時間おきに起こされ、昼間私や母がうたた寝するのを見つけると怒って不安定になるのです。今後在宅で介護するためには、私と母の睡眠と身の安全を確保するため、父の余命が短くなっても構わない前提で精神薬を使うことを検討したいと思っています。精神薬で、父の妄想を抑えたり、夜は寝てもらったりということは期待できますか?

期待できます。
ただし、肝性脳症の場合は、薬の使い方は通常とは異なります。たとえば、一般的に鎮静に使われるベンゾジアゼピン系の薬(多くの睡眠薬、抗不安薬)は、肝性脳症の精神症状を悪化させる可能性があります。というような難しさがありますので、専門家に処方してもらうことが必要です。

精神薬を使う場合、薬が合わないと余計妄想や暴行が激しくなりそうで不安です。薬の効果を確認できるまで入院させることは一般的に可能ですか? 

可能です。

4.祖父母と父など介護ばかりしてきた母を守りたい気持ちが強いのと、介護疲れのせいか、時々父をひどく憎んでいる自分がいます。私の気質は父に似てるんです。万が一にも父のようになって母に迷惑をかけることだけは避けたいと思います。私も予防的に精神科や心療内科を受診しておいた方がいいと思いますか? 

介護するご家族が精神的にダウンすることはしばしばあります。精神科を受診したほうがいい場合もあります。この【2081】の質問者の状態がそれにあたるかどうか、このメール内容からは判断しかねますが、たとえば不眠などの症状が出てきた場合は、受診を積極的に考えていいでしょう。

 

(2011.7.5.)


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