精神科Q&A

【2075】幻聴があるが、プレコックス感がないので統合失調症ではないと診断されている大学生の息子について


Q: 現在大学四年生の息子のことで相談させて頂きます。 
息子は素直で成績も優秀で努力家で、就職活動でも頑張ってたくさんの試験や面接をこなしておりました。 
4ヶ月ほど前から朝起きた時に気分がすぐれないことが続き、朝食が食べられないことが多くなりましたが、1ヶ月前に突然吐き気が続き食事が全くとれなくなったため内科に検査入院いたしました。上部内視鏡検査や胸部・腹部レントゲン、造影剤を使ったCT、脳のCTなどさまざまな検査をしましたが異常がみつからず、精神科での治療を勧められました。内科で一週間ほどの入院のあと食事がとれるようになったので退院し、精神科に通院しはじめました。 
精神科ではパキシル10mgとセルシン朝夕、寝る前のグッドミンという処方をいただき、その結果みるみる回復し元気になりました。 

食欲も意欲も戻り、ほっとしていましたが、一ヶ月ほどして、一人で涙を流しているのに気がついたため、理由を訊ねましたら 「殺すぞ」「死んだほうがいいよ」という声が聞こえて来て苦痛だというのです。 
驚いてよくききましたら、大学三年の頃アルバイト先の先輩方と揉め事があって、そのころから自分の悪口を言われているのではないかと感じはじめたと言い、本当は高校のころから自分の考えが他人に読み取られているのではないかとか、盗聴されているのではないかという気持ちがしていたと言いました。 
精神科の受診時に、息子と一緒にその詳しい内容を精神科の先生にお話しましたが、 
「息子さんの症状は精神病のものに似ているけれど、思春期後期の不安定な状態が長引いているのであって一過性のものである、抗精神病薬を使うような深刻な病気ではない」というお答えで、処方は変わりませんでした。 
先生によると統合失調症にみられる「プレコックス感」が息子には全く無いからというのも 理由のひとつだそうです。
親の私としては、本当に統合失調症の治療をしなくていいのか不安で一杯なのですが、この先生の説明は正しいのでしょうか。


林: プレコックス感 (Praecox Gefuhl)は、現在ではあまり使われない概念ですが、かつては統合失調症の診断においては非常に重視されていたもので、「十分に経験ある精神科医が、統合失調症の患者から感じ取る独特な雰囲気」を指しています。
 この定義から明らかな通り、プレコックス感には精神科医個人個人の主観的判断がかなり関与しています。そのため、客観的所見を重視する現代の医学ではあまり顧みられなくなっています。
 けれども、かつて非常に重視されていた概念を完全に廃止するというのも不合理な話で、表面上は客観的な症状項目の組み合わせによる診断よりも、プレコックス感のほうを重視したほうが診断として正確な場合もあるといえます。両方(表面上は客観的な症状項目と、プレコックス感)をあわせて判断するのが現実的といえるでしょう。

この【2075】のご質問の、

この先生の説明は正しいのでしょうか。

に関しては、

統合失調症にみられる「プレコックス感」が息子には全く無いからというのも 理由のひとつ

これがこの先生の文字通りの説明であれば、一般論としては正しいといえます。あくまで「理由のひとつ」であって、理由のすべてではないと解釈できるからです。

けれども、一般論としてならともかく、この【2075】のケースでは

「殺すぞ」「死んだほうがいいよ」という声が聞こえて来て苦痛

大学三年の頃アルバイト先の先輩方と揉め事があって、そのころから自分の悪口を言われているのではないかと感じはじめた

本当は高校のころから自分の考えが他人に読み取られているのではないかとか、盗聴されているのではないかという気持ちがしていたと言いました。


などの症状からみて、統合失調症の初期であると判断するほうが妥当だと思います。これだけの症状があるのになお、

思春期後期の不安定な状態が長引いている

と判断することには無理があります。
高校時代から年の単位で続いているわけですから、これを

一過性のもの

とみるのも理解し難いです。

親の私としては、本当に統合失調症の治療をしなくていいのか不安で一杯なのですが

その不安は正しいと思います。この【2075】のケースは、もはや前駆症状ではなく発症していると判断できますので、統合失調症の治療をすべきと私は考えます。


◇ ◇ ◇

表面的に客観的な症状項目を重視しすぎた診断には大きな問題があり、たとえば統合失調症の前駆症状疑い項目のチェックで診断しようとすれば、解離性障害を統合失調症と誤診することが避けられないことなどを【2074】まででご説明してきました。
 しかし逆に、主観的判断に頼るのもまた問題です。
 プレコックス感は、診断上重要でないとは言いませんが、過剰に重視すると、客観性に欠けた独断的な診断に陥ることを避けられません。それは偽陽性診断を増すことにもなりますし、この【2075】のケースでは偽陰性診断の原因になっていると私は考えます。



【2000】から【2078】までの回答は一連の流れになっています。【2000】、【2001】、・・・【2078】の順にお読みください。


(2011.6.5.)

その後の経過 (2011.12.5.)


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