精神科Q&A

【2032】ネガティブな想像が勝手に浮かんでくる。最近はそれが声になってきた。


Q: 私は21歳、一人暮らしをしている大学生の男性です。高校を卒業し、都内の大学に通うにあたって地元を離れ、一人暮らしを始めました。症状を感じたのは一人暮らしを始めて半年ほど経った時です。寝ようと思って布団に入ると、将来のことやバイト、部活など様々なことについてのネガティブな想像が勝手に浮かんでくるのです。やめようと思っても止められずどんどん不安になって眠れなくなってしまいます。環境が変わったせい、この程度のこと誰にでもあるさ、と大して気にせずいたのですが、ここ一年ほどで症状が悪化してきてしまいました。自分の中の想像(思考)がはっきり声になって聞こえてくるようになってきました。「なにをしたってどうせうまくいかない」「死んだほうが楽になれる」「あんなウザい奴は殺してしまえ」など、こういったことがはっきり声として感じられます。自分で、こんなものは幻聴だ、という自覚はあります。ですが、自分の意思では止めることができず寝付くまで2〜3時間はかかってしまいます。昼間活動しているときは全くそんなことはありません。必ず寝る前です。これは何かの病気の症状なのでしょうか?病院にいったほうが良いのですか?自覚できているし、日常生活にそこまで支障をきたしているわけでもないのですが。


林: 20歳前後の年齢になって、

ネガティブな想像が勝手に浮かんでくる

という症状が出てきたというのは、統合失調症のごく初期または前駆症状の可能性ありといえます。(これを統合失調症関連の症状と推定する際に重要なのは、「ネガティブな想像」ということよりもむしろ「勝手に浮かんでくる」という点です。これは自生思考と呼ばれる症状の特徴です)

けれどももちろん

環境が変わったせい、この程度のこと誰にでもあるさ、

そのようにも考えられます。現に、環境が変わるなどして不安材料が増えたときに、一時的にこのような症状が出ることは、誰にでもあり得ることでしょう。(とはいっても、「勝手に浮かんでくる」の程度が問題ではあります。その程度が強ければ、その時点で「自生思考」と診断することが可能です。しかし程度の強さは、メールの文書から判断するのは無理です。実際に診察してみなければわかりません)

しかしこの【2032】のケースはその後、

ここ一年ほどで症状が悪化してきてしまいました。自分の中の想像(思考)がはっきり声になって聞こえてくるようになってきました。

という経過になっていることから、統合失調症の可能性は高いといえます。
このように、「自分の中の想像(思考)がはっきり声になって聞こえてくる」というのは、考想化声と呼ばれる、統合失調症にかなり特徴的な症状です。
そして、
自生思考 → 考想化声 → 幻聴
という発展は、統合失調症の幻聴が生まれるまでの典型的な経過の一つです。

しかも、

「なにをしたってどうせうまくいかない」「死んだほうが楽になれる」「あんなウザい奴は殺してしまえ」など、こういったことがはっきり声として感じられます。

このような内容も、統合失調症に特徴的なものです。
さらにいえば、ご本人はこれらを「自分の中の想像(思考)」とおっしゃっていますが、はたして「あんなウザい奴は殺してしまえ」という内容は、ご自分本来の思考としては違和感があるのではないでしょうか。そのような内容が声として聞こえるとなると、統合失調症の可能性はさらに高まります。

自分で、こんなものは幻聴だ、という自覚はあります。

その自覚があるうちに、ぜひ精神科を受診してください。

なお、

昼間活動しているときは全くそんなことはありません。必ず寝る前です。

寝る前だけの幻覚(幻聴も幻覚の一種です)は、入眠時幻覚と呼ばれ、健康な人でも体験することがあり得ます。けれどもこの【2032】のケースの幻覚は、質も量もそのレベルを超えたものがあり、しかも経過も内容も統合失調症に特徴的なものですので、健康な人の体験する幻覚ではあり得ません。

治療に関しては、

ですが、自分の意思では止めることができず寝付くまで2〜3時間はかかってしまいます。

という支障も出ておられますので、寝る前にリスパダールなどの抗精神病薬を処方するのが第一歩となるでしょう。

◇ ◇ ◇

診断とは常にその人の全体像を見てするものですから、特にごく初期や前駆期の段階では、たとえ統合失調症に特徴的な症状があっても、それだけで統合失調症であるということは決してできません。そのような診断法を取れば、偽陽性の診断が大量に発生することになります。
たとえば
被害妄想的な過敏さ
は、統合失調症にかなり特徴的な症状ではありますが、その症状単独では何ともいえず、生活レベル低下など、他の症状があってはじめて統合失調症のごく初期や前駆症状の可能性ありと言うことができ、しかしなお偽陽性のおそれはある、というのが【2031】までで繰り返し説明してきたことです。
 その流れからいうと、この【2032】は、考想化声という症状だけしかありませんので、「診断のためには他の情報が必要です」というような回答が適切と思われるかもしれません。
 が、それにもかかわらず、この【2032】の回答は、偽陽性のおそれをほぼ無視したものになっています。
 【2031】までの回答の中には、精神科の受診をお勧めするものもありますが、それは必ずしも直ちに治療が必要であることを意味するものではありません。受診して精神科医の診察を受け、より正確な診断をしていただくことが望ましいケースや、あるいは、受診してもおそらく確定診断には至らないと思われるものの、精神科による経過観察を受けることが必要と思われるケースを相当数含んでいます。
 けれどもこの【2032】の回答では、具体的に薬物療法を開始することにまで言及しています。私は【2032】に関しては、統合失調症という診断は偽陽性である可能性はほとんどないと考えているからです。
 その理由は、【2032】の経過と症状が、統合失調症以外ではほとんど考えられないくらい、統合失調症に特徴的なものだからです。
 精神科の診断ではその人の全体像をみる必要があるというのはいくら強調してもしすぎることはありません。しかし、中には、一つの症状だけで、ほぼ確定診断できるケースもあるのです。

そうは言っても偽陽性の可能性はどこまでも残る・・・という指摘もあるかもしれません。それはその通りですが、するとどこまでいっても判断を下すことはできず、ずっと様子を見続けるという消極的な手段しか取れないということになります。その結果、統合失調症がひどく悪化するという事態もあり得ます。

【2007】でご説明した、
◆統合失調症ではないのに精神科を受診することによるマイナス
◆統合失調症なのに精神科を受診しないことによるマイナス
のどちらを重視するか。
精神科Q&Aでは(そして、おそらくはすべてのネット上の質問サイトでは)、「受診してください」という回答を結論とすることができますが、当然ながら実際の臨床では、治療を始めるか・始めないかという判断を、どこかの時点で下すことが必要になります。


◇ ◇ ◇

【2000】から【2078】までの回答は一連の流れになっています。【2000】、【2001】、・・・【2078】の順にお読みください。


(2011.6.5.)


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