精神科Q&A

【2002】日に日におかしくなっている19歳の娘


Q: 私は現在40代の主婦で、今日ご相談したいのは19歳の娘(次女)のことなのですが、件名にも書きました通り近頃様子がおかしくなっていっているように思えるのです。私自身、精神病に関して全く知識が無いものでして、もしかしたら私の考えすぎなのかもしれないのですが(娘自身は私の考えすぎだと言っている)、お答えしていただけたら幸いです。まず、娘は現在浪人中なのですが、去年あたりから集中力が無くなってきているように思います。昔は他の兄弟と比べると集中力は結構あるほうで勉強もよくする子だったのですが、最近は勉強するために机に向かっていても、ぼーっとイスに座っているだけだったり、すぐにリビングに来たりしています。そして、私がその事を怒ると逆ギレするか急に泣き出します。もともと怒りっぽかったり、泣き虫だったりしたのですが、最近は情緒不安定と言うか、急に家族に対して機嫌が悪くなったり、少し注意しただけで泣き出します。最近は家族といる時も友達といる時も口調が攻撃的になり、ひねくれた考えかたをするようになったように思います。また、突然とてつもない不安感に襲われるようで、浪人中なら不安など誰にでもあるだろうと思ったのですが、その不安感はもちろん受験に関することもあるようなのですが、どうやら漠然としていて本人にも何が不安なのかよく分からないらしいのです。そしてそういった不安感が続いている間、夜が怖かったり、暗闇が怖かったり、あとお風呂に入るのが怖くなったりするらしいです。長女によるとその時は電気をつけたまま寝ているらしいです。でも常にその不安感があるのではなく、たまに、一カ月に2、3回ほどあるかないかで、不安感が無いときは逆に真っ暗じゃないと寝れないと言っています。あとこれは普段からよくあるらしいのですが、「頭の中がうるさくて眠れない」らしいです。色々考えて眠れないのではなく、言葉の通り、自分の声かはよく分からないらしいのですが、誰かが話していたり言葉が次々と頭に浮かんでいってうるさくて眠れないと言っています。次女によるとこれは小学生か中学生の時からあるもので、本当に眠れないときは、頭の中に真っ白なスケッチブックをイメージして眠るそうです。それが上手くいかないときは何回も想像したスケッチブックのページをめくって真っ白なページをイメージし続けるのだそうです。またそのとき頭の中で何を言われたか次の日は全く覚えていないらしいのですが、次女は眠るまでその言葉が怖くて仕方がない時があるらしいです。あと小学1、2年の頃に発生した髪の毛を抜く癖が2年前あたりから復活し、頭皮のかさぶたや生えて来た短い髪の毛を食べているようです。本人は外へ出かけるときにはそういった事はやらず、はげてしまった部分を必死に隠しています。
 一番おかしいと思ったことは自宅から20mほど離れたところに公園があるのですが、次女の部屋の窓からその公園が見えて、朝や勉強の合間に空気の入れ替えのために窓を開けるように言うと、「公園で遊んでる子供に見られる」と言って酷く嫌がります。また周りが住宅街なので、遊んでいたり登下校中の子供達の声が聞こえるのですが、全く知らない子供たちが外で窓から見える自分が髪を抜いている姿を見て笑っている、と言うのです。そんな訳無い、と言ってもしばらくは信じてくれないのですが、しばらくすると自分でも被害妄想だと分かるようです。また電車でも知らない人が話していると自分の事を笑っていると思って泣きそうになるらしく、しかしそれも後に考えると自分でも被害妄想だったと分かると言っています。私の考えすぎならそれでいいのですが、本人も辛そうで、最後の笑われているという被害妄想で今年のセンター試験のとき、休み時間なのに、立ったら周りの人に見られるからなかなか立ち上がれずトイレに行けなかったり、どうにか立ち上がってトイレに行っても廊下ですれ違う人の視線が怖くて仕方がなかったりと少し日常生活に支障が出ているようです。
 長女が医療系の専門学校に行っていて、次女を一度病院に連れて行くことを勧められて、私も、もし少しでも本人が楽になるのならと次女を病院に連れて行こうとしたのですが、本人は「私も自分が変なのは分かってる。だけどそんなの昔からだし分かってるから大丈夫だと思う。私もお母さんも考えすぎなんだよ。もうすぐ試験だから病院に行ってる場合じゃない」と言い、病院に行くことを拒まれました。本人は自分がおかしい事を自覚しているようなのですが、無理矢理にでも病院に連れていくべきでしょうか。先日、テレビで牛の生肉の映像をみて口の中が血の味がして生肉を噛み切る感触がしてから、今までお肉が大好きだったのに、急に食べられなくなったり、知らない人に触られるだけでなく、その人のカバンや衣服が少し触れただけでも酷く嫌がったりするようになり、日に日に、普通とは言えないような様子になってきています。何が判断の材料になるか分からず、思い当たることをほとんど書いて長くなってしまい、全くの見当違いのような事を書いているかもしれませんがお許しください。メールの内容だけでは分かりにくいかと思いますが、何卒宜しくお願い致します。長々と失礼致しました。



林: 統合失調症のごく初期、または、前駆症状である可能性が強いと思います。精神科を受診することをお勧めします。

この【2002】の次女の方には、統合失調症のごく初期の症状 (または、前駆症状) と思われる症状が複数認められています。
その第一は、質問者であるお母様が

一番おかしいと思ったことは

として挙げておられるこの症状です:

自宅から20mほど離れたところに公園があるのですが、次女の部屋の窓からその公園が見えて、朝や勉強の合間に空気の入れ替えのために窓を開けるように言うと、「公園で遊んでる子供に見られる」と言って酷く嫌がります。また周りが住宅街なので、遊んでいたり登下校中の子供達の声が聞こえるのですが、全く知らない子供たちが外で窓から見える自分が髪を抜いている姿を見て笑っている、と言うのです。

また電車でも知らない人が話していると自分の事を笑っていると思って泣きそうになるらしく、しかしそれも後に考えると自分でも被害妄想だったと分かると言っています。

このように、本来なら自分には何の関係もないはずの他人の言葉や動作を自分に関係づけ、しかもそれを被害妄想的に解釈するというのは、統合失調症に典型的な症状です。これは関係念慮または被害関係念慮と呼ばれる症状ですが、ここでは被害妄想的な過敏さと呼ぶことにします。

また、この【2002】の方は、

そんな訳無い、と言ってもしばらくは信じてくれないのですが、しばらくすると自分でも被害妄想だと分かるようです。

というように、時によってはこれが妄想だと自覚できる、または、ある程度まではこれが妄想だと自覚できていますので、程度としてはまだ軽いといえます。ですから、統合失調症の症状であるとまでは言えず、前駆症状のレベルということになります。
但し、

本人も辛そうで、最後の笑われているという被害妄想で今年のセンター試験のとき、休み時間なのに、立ったら周りの人に見られるからなかなか立ち上がれずトイレに行けなかったり、どうにか立ち上がってトイレに行っても廊下ですれ違う人の視線が怖くて仕方がなかったりと少し日常生活に支障が出ているようです。

このように日常生活に支障が出ていますから、「軽い」といっても、「ごく軽い」とはいえず、また、「ただの気にしすぎ」とはいえません。

そして、

あとこれは普段からよくあるらしいのですが、「頭の中がうるさくて眠れない」らしいです。色々考えて眠れないのではなく、言葉の通り、自分の声かはよく分からないらしいのですが、誰が話していたり言葉が次々と頭に浮かんでいってうるさくて眠れないと言っています。

これは軽い幻聴と判断できます。
 いま「軽い」といったのは、統合失調症の症状であるとまでは断言できないレベルであるという意味にすぎません。幻聴であることは確かです。幻聴は統合失調症の代表的な症状ですから、たとえ軽い幻聴であっても、統合失調症の可能性を考えなければならない症状であるといえます。そして、上記の被害妄想的な過敏さもあることをあわせると、これらは統合失調症の前駆症状である、または、この方が統合失調症のごく初期であるという可能性は高いということになります。

さらにもう一つ重要なのは、質問のタイトルにもある、

日に日におかしくなっている

ということ、すなわち、症状が進行しているということです。

統合失調症という病気は、幻聴や被害妄想のようないわば目立つ症状だけでなく、日常生活や学業や仕事などのレベルが低下していくというのも重要な症状です。それは、少しずつ成績が下がってきたとか、友人との交流が少なくなってきたというように、漠然とした形で現れることも多いのですが、この【2002】のケースは、お母様から見ても、

日に日に、普通とは言えないような様子になってきています。

というふうにかなりはっきりしているほど明らかな生活レベル低下ですので、上記の被害妄想的な過敏さや軽い幻聴とあわせ、統合失調症の前駆症状、または、統合失調症のごく初期である可能性は高いといえます。

さらに、

今までお肉が大好きだったのに、急に食べられなくなったり、知らない人に触られるだけでなく、その人のカバンや衣服が少し触れただけでも酷く嫌がったりするようになり、

このようないわば奇妙な言動も、統合失調症に特徴的なものです。

本人は自分がおかしい事を自覚しているようなのですが、

その段階で早く受診させてあげてください。症状が進行すると、おかしいという自覚さえ失われ、受診させるのがさらに困難になります。

◇  ◇ ◇

精神科の診断は全体像をみてするものですから、上記のように、ひとつひとつの症状を切り取って分析するのは本来は正しいやり方ではありません。それでも上記のようにしたのは、ひとつは解説という目的のためです。「全体像から見て、統合失調症の可能性が疑われる」では解説になりませんから、やむを得ずひとつひとつの症状について説明を加えているという事情があります。もうひとつは、メールの文章から判断しようとすれば、このような形を取る以外に方法はないからです。
 ですから他の精神科Q&Aのすべての回答と同じように、回答の正確性には大きな限界があります。統合失調症の前駆症状は、たとえ実際に診察しても診断が難しいものですから、それをメールの文章から判断しようということには非常に大きな限界があります。
 が、統合失調症の前駆症状はきわめて重大なテーマですから、今回【2078】までは、その限界を認識したうえで、これをテーマに解説を試みることにしました。

上記【2002】から抽出された主な症状をもう一度確認しますと、

被害妄想的な過敏さ
自分とは関係のないものを自分に関係づけて、しかも被害妄想的に解釈することを指し、正式には関係念慮または被害関係念慮と呼ばれる症状ですが、今回は被害妄想的な過敏さと呼ぶことにします。精神科Q&Aに寄せられるメールの中で大部分の質問者はこの症状を「被害妄想」「被害妄想的」とお書きになっているからです。なお英語ではidea of referenceといいます。

軽い幻聴
「軽い」というのはどの程度までをいうか、明確に基準を決めるのは困難ですが、
・幻聴があるかどうかよくわからない
のであれば、「軽い」または「幻聴の疑い」ということになるでしょう。
・あることはあるが、ごくたまにしかない
というのも、「軽い」としていいでしょう。(もっとも今度は「ごくたまに」とはどの程度かが問題になりますが)
・あることはあるが、本人はしばしば、「これはただの幻聴かな」というように感じる
これも多くの場合「軽い」に含めていいでしょう。
・あることはあるが、幻聴の内容に行動が左右されることはない
これも「軽い」といえるかもしれません。が、「軽い」と「中くらい」の間という考え方もあるでしょう。

生活レベル低下
この【2002】のように、精神症状が進行すれば、生活が普通とはいえない状態になってくるのは自然なこととして理解できます。他方、精神症状の進行は客観的にははっきりしないのに、生活のレベルだけが低下してくるというケースもしばしばあります。生活レベルの低下とは、身の回りのことがきちんとできなくなるとか、学校に行かれなくなるとか、友人と交流できなくなる、などを指しています。このような生活レベル低下だけで何かの病気とか病気の兆候であるとかと判断することには無理がありますが、他の症状を伴っていれば、統合失調症のごく初期や前駆症状であるという判断に傾くことになります。


なお、
「統合失調症のごく初期」と「統合失調症の前駆症状」は、ほぼ同じ意味です。統合失調症の「発症」をどの時点であると定めるかによって、「ごく初期」と呼ぶか「前駆症状」と呼ぶかが区別されるにすぎません。仮に統合失調症の診断基準を満たした時点を「発症」と定めれば、この【2002】の症状は「前駆症状」ということになります。他方、たとえ診断基準を満たさなくても、脳内では統合失調症の発病過程が始まっているわけですから、それを「発症」と定めれば、この【2002】の症状は「統合失調症のごく初期」ということになります。
【2003】からも、この時期の統合失調症と考えられるケースを紹介していきます。

◇ ◇ ◇

【2000】から【2078】までの回答は一連の流れになっています。【2000】、【2001】、・・・【2078】の順にお読みください。


(2011.6.5.)


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