精神科Q&A

【1947】うつ病がなかなか治らないのは、過去が関係しているのでしょうか


Q: 33歳、既婚、専業主婦です。うつ病と診断され治療中です。3ヶ月の入院経験があります。私はいったい何の病気なのか、ただの怠けなのか、今は何ともなくともこれから何らかの精神疾患にかかるのではと、恐怖を抱いています。 最近、もしかして今までの家庭環境が今の状態に結びついているのかもしれないと思うようになっていますので、まず簡単に生い立ちを説明します。 
・父、母、3歳上の姉がいて末っ子として生まれました
・1歳から保育園に預けられていました。保育園での過ごし方は今でも家族の話のネタになる程なじめませんでした。5年間毎日必ずお別れの時に泣いていたそうです。具体的に何があったのかまでは覚えていないのですが、保育園が嫌だった事ははっきりと覚えています。今でもテレビなどで保育園の映像が出るだけで涙が出る事があります。
・3歳の時に父が入院しました。約1年です。これは母に聞いたもので自分で記憶はありません。それから小学生〜中学生〜高校と成績は中の中で進学しましたが、極端に人間関係を築くことが苦手で、両親共働きだったこともあり、よく学校をさぼっていました。中学の時は登校拒否をしていました。
・幼少時からとにかく父が大好きでした。母にも姉にも憎しみと言えるほどの感情を抱いていました。父の愛を独り占めするためです。私にとって父が全てでした。父を喜ばせるために勉強し、父はギャンブル・野球が好きだったので、私も好きになりました。
・父はアル中でした。休みの日は朝から日本酒を大量に飲んでいました。晩酌は毎日です。酒を欠かす日はありませんでしたが、人格が変わったり暴力を振るったりは無かったです。私にとっては最高の父でした。父のためなら何でも出来ると思っていました。
・高校生になりお付き合いする男性も何人かいましたが、いつも父と天秤にかけていました。
・私が就職してしばらくして父は亡くなりました。その辺りの記憶はかなりあいまいです。はっきりと思い出せないし、思い出したくないです。あんなに大好きだった父の命日もお葬式の日も闘病中のことも覚えられません。
・その後結婚し、うつ病を発症し現在通院中、ドグマチール、パキシル、テトラミド、ロヒプノールを飲んでいます。

長々と書いてしまったのですが、ご質問したいことは私は本当にうつ病なのかということです。 今の症状として
・夜眠くても眠れない。眠れても朝5時頃目が覚める(睡眠薬を服用してもそうなる時があります)でも寝るときは一日中寝ています。
・やる気がない。起きる気力がない。無洗米に水を入れ炊飯器のスイッチを押すだけの事に、やろうと思ってから1,2時間経ってしまう。
・半日以上布団の上で横になっている。ほとんど毎日。・突然食欲がなくなり、吐き気がし何か口に入れるとおえっと吐きそうになる
・痩せたくないのに、体重が少しずつ減ってしまう・生きていて良かったと思った事がない
・消えたい(これは常にあります)

これが主な症状なのですが最近気になる事があって、それは父の事です。父がよく夢に出てきて私とセックスしたり抱き合ったり父の下の世話をしたりしているのです。それを異常と感じません。当たり前のこととして、しているのです。最近あれだけ大好きだった父を思い出すのがとても怖いです。 そしてそういう夢をみて目が覚めた時はここが何処だか、自分が何歳か、職業がなんなのか、隣に寝ている人が誰なのか(主人なのですが)が全く分からなくなります。しばらくすると思い出すのですが。
あと異常に忘れっぽいです。主人や家族にもそれはよく指摘されます。
うつ病と診断されて3年経つのですが、中々寛解せず少し焦ってしまいます。うつ病の治療を続けて治るのか、それとも病気でなく人格障害なのか、それとも過去が関係しているのか、とにかく主人だけのためも元に戻りたいのです。昔は自分にも自信があって仕事も楽しかったです。 このメールに記載した事は主治医の先生にお話した事がありません。話すほどのことでもないし、それで先生の時間を割くのは申し訳ないと思ってしまうのです。薬で治らないのならカウンセリングを受けたらどうかと親戚に言われたのですが、過去を話したり思い出したりしなければならないと思うと怖いです。でもそれで治るならやってみようかとも思います。私の場合、薬の治療に加え、カウンセリングなども必要なのでしょうか?


林: 大変意味深長なケースだと思います。
互いに相反する二つの推定A, Bをまず呈示します。

推定A. 質問者はうつ病。父とのことは今のうつ病とは事実上なんの関係もない。

この場合は、質問者は単に(「単に」という言い方はやや不適切ですが)治りにくいうつ病であるということになります。すると、これまでの薬物療法を見直すなどすることが必要になるでしょう。

推定B. 質問者と父の間には、質問者の記憶から失われている重大な出来事があった。それが質問者の現在の精神状態に大きく影響している。

このBは深読みしすぎとも考えられますが、あえて推定を述べてみます。
このB.だとした場合には、まず、

幼少時からとにかく父が大好きでした。

これを疑うことになります。質問者は本当に父親が大好きだったのか?大好きだったという事実は一方にあったとしても、他方に全く反対の感情があったのではないか? 

父はアル中でした。休みの日は朝から日本酒を大量に飲んでいました。晩酌は毎日です。酒を欠かす日はありませんでしたが、人格が変わったり暴力を振るったりは無かったです。

とのことですが、アルコール依存症の父親に、家族への問題行動が全くなかったとは考えにくいことです。質問者は父親の好ましい面だけを記憶し、好ましくない面は記憶から抑圧してしまっているのではないか? そのような推定が生まれます。

だとすれば、その「好ましくない面」とは何か? ここで次のことが注目されます。

父がよく夢に出てきて私とセックスしたり抱き合ったり父の下の世話をしたりしているのです。それを異常と感じません。当たり前のこととして、しているのです。

この夢の意味をどう考えるべきか。「ただの夢」と考えることももちろん可能で、もしかするとそのほうが普通かもしれません。
けれどもここで一つ、関連する可能性がある医学論文を紹介します。

山下達久
想起された外傷記憶と外傷性転移のwork through
----- 性的虐待のサバイバーに対する精神分析的アプローチについて -----
精神分析研究 46: 19-27, 2002.


この論文は、あるケースの精神療法の経過を記述したものです(「性的虐待のサバイバー」とは、幼少時に性的虐待を受けた経験を持つ大人、といった意味です)。そのケースは28歳女性で、初診時の訴えは「気分が沈む」という、うつ病に類似したもので、この点において【1947】と共通点があります。その後この論文のケースは、薬物療法などでいったんは改善したものの、また希死念慮、焦燥感などが出現し、それらがおさまった後も自責感や抑うつ気分が持続しました。精神療法開始後まもなく、性的な夢やファンタジーを語るようになり、さらに後には、父と兄からの性的虐待の記憶がよみがえりました。そして現在の抑うつなどの症状はこの性的虐待と関連ありと判断され、そこにポイントをおいた精神療法が続けられ、改善に向かっている、という内容です。

この論文の一つの結論として、「夢やファンタジーの中に、トラウマ体験のヒントが含まれていないかどうかを慎重に検討することが必要である」とされています。現にこの論文のケースは、そのようなアプローチによってよみがえった性的虐待の記憶を癒していくことが、大人である現在の症状の改善につながっています。

この文脈でいえば、この【1947】の方の

父がよく夢に出てきて私とセックスしたり抱き合ったり父の下の世話をしたりしているのです。

は、トラウマ体験のヒント、いや、トラウマ体験の記憶そのものがよみがえったのではないかという推定が可能になります。
そのような推定を側面から支持する事実として、

最近あれだけ大好きだった父を思い出すのがとても怖いです。 

このことを指摘することができます。【1944】などで指摘してきたように、抑圧されていた記憶がよみがえると、精神状態は不安定になるのが常です。今この【1947】の質問者では、抑圧されていた性的虐待の記憶はよみがえりつつあり、完全によみがえることを無意識に恐れる気持ちが、上記のような、「父を思い出すのがとても怖い」という感情になっているとも考えられます。
それからもう一つ

そしてそういう夢をみて目が覚めた時はここが何処だか、自分が何歳か、職業がなんなのか、隣に寝ている人が誰なのか(主人なのですが)が全く分からなくなります。

これは解離の一種と考えられることも、父との出来事の夢の内容が、解離性健忘の内容であることを示唆します。

それから、

あと異常に忘れっぽいです。主人や家族にもそれはよく指摘されます。

この「忘れっぽい」の具体的内容を知りたいところです。いつから忘れっぽくなったのかも重要な情報です。もし上記のような父の夢を見るようになった時期とほぼ一致していて、しかも解離性健忘の特徴に一致した「忘れっぽさ」だったとすれば、この夢の内容が抑圧された記憶であるという可能性は高まるでしょう。
 解離性健忘が生ずることについての一般的な説明は、「思い出したくないから忘れる」です。それが「抑圧された記憶」「トラウマの記憶」にほかなりません。この説明に従えば、解離性健忘で忘れてしまっているのは、まさに思い出したくない内容そのものということになります。【1937】、【1938】などの選択健忘では、この説明がぴったりとあてはまります。 
けれども、実際のケースを見ると、【1941】などのように、トラウマとは全く関係のない最近の出来事についても忘れっぽくなるという現象がしばしば観察されます。PTSDの症状にもこれはあり、PTSDでは海馬の萎縮と関連づけて説明されることが多く、そのように説明されると納得してしまいがちですが、本当は海馬の所見だけでは説明しきれないと思われます。少なくとも私はそう考えています。というのは、トラウマについての解離性健忘が何らかの形で表面化してきた時期に、最近のことについての健忘も並行して現れることが、実際の臨床ではよく観察されるからです。これは記憶の脳科学という観点からは非常に興味深い現象ですが、今回のテーマからは逸れますのでこれについてはここまでとします。
 話を戻しますと、この【1947】のケースの「忘れっぽい」という現象が、上記の父の夢を見るようになった時期と一致して始まっていて、忘れっぽいことの具体的性質が解離性健忘に一致していれば、父の夢が抑圧された記憶であるという推定が強まるということの理由が上記になります。

長文になりましたが、これが、推定B.、すなわち、「質問者と父の間には、質問者の記憶から失われている重大な出来事があった。それが質問者の現在の精神状態に大きく影響している」という推定の背景です。繰り返しますが、これは仮説であり、深読みしすぎかもしれません。けれども仮にこの通りだとすれば、

私の場合、薬の治療に加え、カウンセリングなども必要なのでしょうか?

そうです、必要です。という答えになります。

◇ ◇ ◇

【1901】から【1948】までの回答は一連の流れになっています。【1901】、【1902】・・・【1948】という順にお読みください。


上記の回答で引用した論文、すなわち、

山下達久
想起された外傷記憶と外傷性転移のwork through
----- 性的虐待のサバイバーに対する精神分析的アプローチについて -----
精神分析研究 46: 19-27, 2002.


の冒頭には、次のように記されています。

「子供時代に性的虐待を受けた成人サバイバーには、低い自己評価、抑うつ、罪悪感、身体化症状、繰り返される自傷行為や性的逸脱行動が見られると言われるが、これらの症状は、その背後にある外傷体験が癒されなければ改善はみられない」

すると、もしこの【1947】のケースが幼少時に、本当に父からの性的虐待を体験していれば、うつ病の薬物療法をいくらしても改善はみられないということになります。したがってそうだとすれば、

私の場合、薬の治療に加え、カウンセリングなども必要なのでしょうか?

はい、必要です。
というのが単純な答えになります。
けれどもここで、質問者自身が口にされている心配、すなわち、

過去を話したり思い出したりしなければならないと思うと怖いです。

この点について慎重に考えたうえで、カウンセリングを受けるかどうかを決める必要があります。
なぜなら、ここまでで繰り返しお話してきたように、忘れ去っていたトラウマの記憶を思い出すことは、精神状態の不安定を招くからです。
それを乗り越えることができてはじめて、真の治癒に到達できると思われますが、乗り越えられるかどうは、治療者の技量にかかっています。もし治療者の技量が不十分であれば、トラウマの記憶を掘り起こしたことで現れた不安定な精神状態だけが残ることになります。

外科医の手術にたとえてみましょう。
ある症状の原因が、お腹の中のある病変にあるとします。
たとえば胆石を考えてみましょう。胆石とは、胆のうという臓器に石ができる病気です。その結果、激しい腹痛が出ることがあります。
胆石を取り除けば、根本的な治療になります。
取り除くためには、開腹手術、つまりお腹を切ってあけることが必要です。(他の治療法もありますが、ここでは説明の便宜上、開腹手術だけを取り上げます)
お腹を切ってあけ、胆のうを切除し、その後に切ったお腹を元に戻す。それから、手術によって弱った体を回復させる。ここまでのプロセスが出来てはじめて手術が成功したといえます。
もしこのプロセスの途中までしか出来なければ、患者は悪くなります。死亡することも十分に考えられます。
このプロセスを完遂させる技量が、開腹手術をする外科医には求められるのです。(ここで、開腹手術に耐える体力があるかという点では、患者の側の要因もあるといえます。しかしここでは、そのような患者の体力などの要因を正確に評価することも、外科医の技量に含むとみなしています)

もうおわかりかと思いますが、この例の「胆石」が、【1947】などのケースの「トラウマ」ないしは「記憶から消えていた性的虐待」にあたります。
精神療法(カウンセリングといっても同じです)で、性的虐待の記憶がよみがえったとします。それは、開腹して胆石を確認したというのとほぼ同じです。それだけでは治療になりません。むしろ、お腹を切ってあけたことで、患者の状態は一時的に悪くなります。抑圧されていた記憶をよみがえらせることで、精神状態が一時的に不安定になることにあたります。
その後、胆石を取り除き、切ったお腹を元に戻し、弱った体を回復させる。これにあたる精神療法の技量がなければ、記憶をよみがえらせることは、かえってマイナスになります。精神状態の不安定は「一時的」ではなく、「持続的」になるでしょう。

この【1947】で先に、

過去を話したり思い出したりしなければならないと思うと怖いです。

この点について慎重に考えたうえで、カウンセリングを受けるかどうかを決める必要があります。」

と説明した理由はそこにあります。

胆石に戻りますと、外科医によっては、「開腹手術で胆石を取り除かなければ、改善はみられない」と言い切るかもしれません。
それは一面の事実でありますが、そうとも限りません。胆石の痛みがそれほどでなければ、薬だけで治療するという方法も十分に考えられるところです。
何も根本的な治療だけが治療とは限りません。
根本的な治療は、その根本的というまさにその理由のために、失敗すれば取り返しがつかないことにもなり得るのです。開腹手術が失敗すれば、感染症を起こして腹膜炎で死亡するかもしれないのです。

トラウマが原因と思われる精神症状に関しても、この【1947】で紹介した論文の冒頭の記述のように、
「これらの症状は、その背後にある外傷体験が癒されなければ改善はみられない」
と言い切れるかどうかは難しいところです。

薬で治らないのならカウンセリングを受けたらどうかと親戚に言われたのですが、

もちろんこの親戚の方は、【1947】の方のことを思ってそのようにアドバイスされたのだと思います。
けれども、カウンセリングにもリスクがあることに留意しなければなりません。

「薬は副作用があって怖いから飲みたくない。カウンセリングで治療してほしい」
と言う方が時々いらっしゃいます。
全く浅はかな考え方と言わざるを得ません。
薬の副作用なら、その大部分は苦しみはその時だけですみます。
けれどもカウンセリング(精神療法)の副作用は一生続くおそれがあります。
切って開けたお腹を元に戻すのが簡単でないのと同じように、いったん開いてしまった心の傷を元に戻すのは至難の業なのです。


蛇足ですがこれに関連して。
素人カウンセリングは非常に危険なものです。ネットで素性不明の薬を購入して飲むのと同じか、それ以上に危険です。理由は上記の通りです。

(2011.1.5.)


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