精神科Q&A

【1918】私が境界性パーソナリティ障害になったのはなぜでしょうか


Q: 23歳、女性。無職です。私は18歳の時に境界性人格障害(境界性パーソナリティ障害)と診断され、現在、拒食、過食嘔吐、自傷のため治療を続けています。お伺いしたいのは、なぜ私が境界性パーソナリティ障害になったのか、です。私の家族ですが、父、母、兄、姉、下に5人の弟妹がいます。あまり歓迎されるような出産ではなく、他にもおろした子が何人かいる、という話を祖母から聞きました。父は子どもの目の前で性的なことをしたり、些細なことでキレて暴力に走り、家庭内で警察沙汰になることもありました。早い話、虐待だったのかもしれません。そんな環境ですから、私が病気になったのも仕方ないのかもしれません。でも、他の7人の兄弟は、同じ環境で育ったのに精神的に安定しています。兄は社会人として自立し、姉は結婚、出産して大変ながらもしあわせに暮らしているように見えます。学生の弟妹たちに、精神的な欠陥は見当たりません。病気になったのは私だけです。そのことが父の勘に障るらしく、「何であいつはまだ病気なんだ!」と怒っています。望んで病気になったのではないのに…。父が言うのには、私が病気になったのは「器が悪かった」からだと言います。母も、「おまえも悪かった」と父を擁護します。確かに兄や姉は父にもっとひどいことをされていました。2階から突き落とされたり…。私含め、死者が出なかったのが奇跡です。それを考えると、私は大したことをされていません。私は自分の欠陥を父のせいにしたいのかもしれません。何故、似たように殴られ罵られ育った兄弟が、一人だけおかしくなってしまったのか。やはり、父の言うように「器」が悪かったのでしょうか? それと、私は少しでも人と親しくなると、怖くなって自分から離れて友人らしい友人を作れない傾向があるのですが、病気と関係があるのでしょうか?自分主体の文で申し訳ありません。回答、よろしくお願いいたします。


林: パーソナリティ障害の原因は何か。それはまだ解決されていない問題です。抽象的かつシンプルに答えることなら可能で、それは、「遺伝と環境の相互作用」ということになります。つまり、ある一定の素因を生まれながらに持っている人が、何らかの環境の影響を受けて、パーソナリティ障害が形成されるということです。
けれどもこれは実はいかなる病気であってもすべて同じです。
それは心の病に限りません。
たとえば感染症は、細菌やウイルスなどが原因、とするのが普通ですが、同じように細菌やウィルスに接しても感染する人としない人がいるのは、その人の素因、すなわち、遺伝的な体質が関係しています。さらには、それまでの環境の影響もあります。つまり、その時までに免疫ができていたり、栄養状態などを含め良好な環境で育っていれば、抵抗力が強く、細菌やウィルスに感染しにくいといえます。
以上は単純化した説明で、感染しやすさ・しにくさについてはまだまだ複雑な因子がありますが、どれもつきつめれば「遺伝と環境の相互作用」ということになります。
ですから、「遺伝と環境の相互作用」というのは、常に正しい説明ではあるのですが、実際には遺伝の影響がどのくらいで環境の影響がどのくらいか、さらには、それらの「影響」の本質や具体的内容はどのようなものかということ問題になります。それらが明らかになれば、治療や予防に役立ちますから、明らかにすることはとても有意義といえます。

境界性パーソナリティ障害でもその研究は進んでいます。
環境因子として有力なのは、幼少時の育った環境、特に虐待、さらには虐待を含めたトラウマの影響です。この【1918】では

父は子どもの目の前で性的なことをしたり、些細なことでキレて暴力に走り、家庭内で警察沙汰になることもありました。早い話、虐待だったのかもしれません。

という幼少時の体験が、質問者の境界性パーソナリティ障害に関連している可能性があります。けれども質問者自身の指摘にもあるとおり、

確かに兄や姉は父にもっとひどいことをされていました。2階から突き落とされたり…。私含め、死者が出なかったのが奇跡です。それを考えると、私は大したことをされていません。

となると、虐待などの環境だけが境界性パーソナリティ障害の原因とはいえなくなります。そこには遺伝の要因が入ってくることになります。
現代の精神医学で、わかっているのはそこまでですので、

お伺いしたいのは、なぜ私が境界性パーソナリティ障害になったのか、です。

残念ながらこの質問への明確な回答は存在しません。


◇ ◇ ◇

【1901】から【1948】までの回答は一連の流れになっています。【1901】、【1902】・・・【1948】という順にお読みください。

虐待などのトラウマについては、それが実際にあったかどうかという問題に加え、実際にあったとしても、それだけが原因でパーソナリティ障害になるのか、という問題があります。上で回答したように、いかなる病気も原因は「遺伝と環境の相互作用」ですから、多かれ少なかれ遺伝因子は関係します。問題は遺伝と環境のそれぞれがどの程度の大きさ・比率で原因に関与しているのかということです。そして、遺伝の関与という事実は、そのまま差別につながるという危険性をはらんでいます。この【1918】の質問者は

私は自分の欠陥を父のせいにしたいのかもしれません。何故、似たように殴られ罵られ育った兄弟が、一人だけおかしくなってしまったのか。やはり、父の言うように「器」が悪かったのでしょうか?

と言っておられます。病気の原因に遺伝因子が「ある」ことは確かですが、それを「器が悪かった」と表現すると、そこには価値概念が加わり、病気の真実を探究するという本質からは大きく外れていくことになります。そのような事情があるため、特に心の病では、遺伝因子の関与が曖昧にされてきたという歴史があります。けれども事実から目をそむけていては、いつまでたってもその病気の解明は不可能です。最近、というのはここ10年20年と私は感じていますが、ようやく心の病の遺伝因子について、公にもかなり語ることができるようになっているといえます。

ところで、この【1918】では、同じ環境で育った兄弟の中に、境界性パーソナリティ障害になった人とならない人がいることから、遺伝の関与があることが強く推定されています。兄弟では遺伝子は似ていても、違う部分があるからです。
では、同じ環境で育って、しかも遺伝子が同じ場合には、どうでしょうか。同じように虐待を受けて、遺伝子が同じなら、同じようにパーソナリティ障害になるのでしょうか。仮に、
同じように虐待を受けた場合、
・遺伝子が違う兄弟では、パーソナリティ障害になる人とならない人がいる
・遺伝子が同じ兄弟では、みんなパーソナリティ障害になる
のであれば、パーソナリティ障害の形成には、遺伝因子が小さくないという結論が支持されることになります。
遺伝子が同じ兄弟。それは一卵性双生児です。次の【1919】のケースがそれです。


(2011.1.5.)


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