精神科Q&A

【1868】統合失調症の夫は、医療からも司法からも見捨てられました


Q: 夫と書きましたが、現在は離婚しております。元夫(ややこしいので、これ以後は「夫」で統一させていただきます)は今40歳で内科医です。私は40歳で医療従事者です。

夫と知り合った当時の印象は「アタマはいいが、変わった人」でした。
付き合い始めて結婚を意識し、職業柄、なんとなく気配は感じていたものの、当時は「私ならうまく乗り切れる」という思い上がりもあったのかもしれません。しかし、新婚時代は比較的穏やかに過ごし、幸せだったと思います。

その後、妊娠のために私は実家へ里帰りし、どうやらその頃より夫がおかしくなっていったようでした。当時病院に勤務していたのですが、電話をかけてきては「院長がアルコール依存でオムツをつけて診察している」「婦長がネクタイを盗む」「病院は強制収容所のようで、スタッフ全員で患者を虐待している」などを訴えるようになりました。しかし私も出産を控えて離れて暮らしていることもあり、手をこまねいているような状態でした。子どもの出産のときも産院に来てくれたのですが、産院のスタッフやドクターともトラブルが続出し、陣痛に苦しみながら「すみません、すみません」と謝るばかりでした。

やがて里帰りから帰ると、夫は職場で暴力を振るったと言われて懲戒休職になり、そのまま退職してしまいました。私は温厚な夫が暴力を振るったとは信じられなかったのですが、夫の父親がぼそっと「あいつならやりかねん」と言ったことだけは印象に残っています。
この頃には「スタッフの10人に9人は人格障害で、人の悪口を病院内で大声で叫んでいる」「NTTに頼んで病院が盗聴器を仕掛けた」など、統合失調症ではないかと私も思うようになりました。保健所にも相談には行きましたが、地方でしたので、夫の職業柄もあり、あまり詳しくいえなかったせいでしょうか、「奥さんの考えすぎ」「父親になって不安定になっているのでしょう、暖かく見守ってあげれば」といったアドバイスしかもらえませんでした。
その間にも妄想や幻聴を訴えるようになり、やがて無職なために家にいることが多くなり、攻撃は徐々に私に向けられるようになりました。
そして夫は私を「人格障害で、治療が必要」と言い出し、私を精神科に連れて行きました。

私はきっかけは何であれ、精神科を受診できるならいいと考えて、夫とともに遠方のクリニックへ行きました。そこで医者に「ご主人は統合失調症です。通院されるなら治療はしますが、ご主人に病識がないので、どうしますか?」と言われました。私は「なんとか治療をしてください」とアタマを下げましたが、夫は「あの医者が保健所に通報した。危険だから通院はやめる」と止めてしまいました。

その頃はまだ夫の両親は私に対して同情するようなことを言い、また病院を受診させたいという私の希望にも賛成して協力するようなことを言ってくれたので、夫の両親の近くに引っ越すことにしました。

しかし、そこで待っていたものは、妄想と幻聴に基づいた私への暴力と両親からの信じられない言葉でした。
義父いわく「20歳のときもわけがわからなくなって17針も縫う怪我を負わされて強制入院になったが、3週間で退院させられた。それ以後はアパートを借りて一人暮らしさせてきた。お前が息子を病人扱いするからこんなことになったから、責任を取れ。私は妻と妻の母を病院にもかけず、誰にも相談せずに治療したから、専門職のお前にもできるはず。病院に行くことは一切禁ずる」とのことでした。
確かに、義母は一見普通の朗らかな人ですが、付き合っていくうちに会話に内容がなく、また質問に対して答えることができず、独り言を笑いながら(空笑?)話し続けています。日常生活も奇妙で、近所の人にごみ収集所の生ごみをプレゼントしたり、足を骨折していてもジョギングしようとしたりと、奇行がありました。また、義父母宅はポストなどにガムテープがぐるぐる巻きになっており「おばあちゃん(義母の母)が「悪霊が入るから」と止めている」と言いながら、義祖母が亡くなって何年にもなるのにそのままになっていました。
義父は普通の人ですが、こういった事象には無関心なようで、自分だけの生活に没頭しているようでした。
病院に行くことを禁ずると言われても、それに従うわけには行きません。「こういった病気はお薬なしで治療することはできない、私は家族として夫は支えていくが、それは医療にかかった上での話。病状が進んでしまって、もし廃人のようになってしまってもいいのか?」と義父に言いましたが、義父の答えは「廃人になろうと、結婚して親の元を離れたのだから、知ったことではない。野垂れ死にでも何でもしてください」でした。

私は乳飲み子を抱えながら保健所、医療機関など、思いつく限りのところに相談に行きましたが、保健所は「お医者さんにケースワーカーが何も言えない」と断られ、医療機関も「連れて来たら診ます」と言われるばかりでした。それでも、夫が私の精神異常を治すためと医療機関を訪れる(時には救急車で連れて行かれました)たびに素直に従い、夫を医療につなげようと必死になりましたが、どこも引き受けてはくれませんでした。

そうこうするうちに、暴力はますますひどくなり、私自身も夕食時になると震える、睡眠が取れない、駅のホームに立つと飛び込みたくなる、実際にベビーカーに子どもを乗せたまま屋上から突き落として自分も一緒に落ちようと仕掛けたこともありました。窮状を保健所に訴えても話を聞いてくれるだけですし、夫が信頼している同期の精神科医にも「あの子は両親に恵まれなかった子、あなたが助けてあげてください」と言われ、暴力に耐えられないと訴えても「病気の人間を見捨てるのか」「もっとひどい暴力を振るわれている家族もいる」「症状のひどいときに別居や離婚は絶対にダメ」と言われ続けて、「暴力を振るわれたら、あなたの精神状態を落ち着けるために飲みなさい」と安定剤を頓服で出されたりもしました。

あるとき、夫の幻聴から半日に渡って暴力を受け、助けを求めたことから警察沙汰になり、夫は執行猶予つきの有罪判決を受け、判決日に措置入院となりました。(これは異例のことだそうです。拘置中にも精神鑑定が行われましたが、「統合失調症の疑いはあるが、責任能力はある」とされて裁判が続いたのですが、そういう判断だと一切医療を受けることはできず、本当ならば判決と同時に開放されるらしいですが、何とか判決日前に措置診察を入れてもらいーこれは私の職務上、知識があったからできたことですがー、措置入院となりました)
入院当初は暴れたりして大変だったようですが、2ヶ月ほどでお薬もよく効いて、以前の穏やかな夫に戻りつつありました。5ヶ月の入院の後「通院を必ずすること。途切れたら再度入院」と主治医にきつく言い渡されて退院しました。
退院後しばらくは通院も続け、穏やかに過ごすことができたのですが、やがて大量に余ったお薬を発見し、ほどなく以前と同じような幻聴や妄想が激しくなり、暴力も再開してしまいました。

一度は入院となったので、医療との関係もできたから、再発してもなんとかなる、と思っていた私の見通しは甘かったのです。入院先に連絡しても「通院先にまず受診して、そこからの紹介なら入院させられる」と言われて通院先に連絡するも「通院が途切れて久しいから、つれてきてくれたら診れるが、今は何もできない」と言われました。保健所は相変わらず「医者に意見はできない」という見解で動いてくれません。警察にも連絡しましたが「行ってもご主人は警官相手には冷静に対応できるから無理には連れて行けない。病人は病院に行ってください」と言われる始末。夫の両親は前述のごとくで協力は仰げず、幻聴もひどくなり、キレて暴れる日々でした。
同時に傷害事件となったことを恨み、私や実家、通報した人、果ては今は全く無関係な私の同窓生をののしったり脅したり、入院先の主治医を訴えたりと、攻撃はますますひどくなっていきました。

夫は妄想や幻聴に基づいて暴力を振るうといっても、その前に電話線を抜き、携帯電話を取り上げて窓をぴったりと閉め「病院で、患者に訴えられないですむ暴力の振るい方があるんだ」と言って、確かに青あざなどを上手に作らずに、首を絞めてきたりするのです。
その冷静さがあだになり、「自傷他害のおそれ」に当てはまらず、病院からも警察からも見捨てられる状態となってしまったのです。
2年前、子どもに「警察から送られたカビが繁殖している」と抗菌剤を大量に混ぜたジュースを飲ませようとして、着の身着のまま家出し、その後DV専門の機関や弁護士さんの助けをもらって離婚するに至っています。

しかし現在も元夫は治療されておらず、妄想に基づいたブログを書き散らし、裁判の資料をすべて公開して身勝手な反論ばかりを書いており「全国の警察からの電磁波攻撃に苦しんでいる善良な老若男女が、統合失調症として病院に幽閉されている」と訴えたりしています。私や実家への攻撃もひどく、しかし、法律も熟知しておりストーカー法に触れない程度の嫌がらせや、妄想に基づいた損害賠償請求の裁判を絶え間なく起こされています。裁判はもう既に弁護士が付かない状態なのですが、書類を自分で作成して、一人で公判を維持しています。(たとえ内容がめちゃくちゃでも、書類の形式さえきちんと整っていれば、裁判所は訴えを受け付けますから)
もちろん警察や保健所にも相談していますが、ぎりぎりのところなので、何もできない状態です。

大変長くなりましたが、医療と司法のはざまで、結局どちらにも見捨てられたまま、どうしようもないケースもあるということを知っていただきたかったので、メールさせていただきました。

医者といえども人の子なので、病気にかかることもあるでしょう、しかし、そのことを理由にどうして夫がきちんとした医療にかけることができないのか、はなはだ疑問です。本人の意思を尊重しているようで、実は触らぬ神にたたりなし、になっているのではないでしょうか?やはりある程度、家族なりの判断があれば、動いていただきたいと思います。
保健所も、私が移送制度などの利用を申し出ても「うちの県では前例がないから」と門前払いでした。新しい制度に前例などありません。確かに保健所に私が相談に行っていると言うだけで、夫と義母が押しかけて大声で叫んだり暴れたりしたようなので、揉め事はごめんと思っていたのでしょうが。
また、夫はまだ医者として病院に勤務しているようですが、ちゃんとした診療ができているとは思えません。一度バイト先の院長から「重大な医療ミス(妄想から全く不必要な投薬を行ってしまった)があり、治療が必要」と言い渡され、診療からはずされたことがありましたが、患者さんにも「あなたは病気などではない、薬は一切必要ない」などと言っているようです。 

今は離婚した人ですので、どうにかしたいとは思っていませんが、少なくとも嫌がらせなどを止めて欲しいし、また子どもの父親としていつか会える日には、病気がいい状態であってほしいと願っています。



林: 大変貴重なご体験をお知らせいただき、深く感謝申し上げます。

しかし以下の回答は感謝とは無関係に事実の指摘のみをいたします。質問者にとっては不快な内容もあるかもしれませんが、これは私のサイトの方針であるとご理解ください。

大変長くなりましたが、医療と司法のはざまで、結局どちらにも見捨てられたまま、どうしようもないケースもあるということを知っていただきたかったので、メールさせていただきました。

この【1868】は、決してよくあるケースとまではいえませんが、必ずしも例外的なケースではありません。治療を受けさせようというご家族の大変なご苦労にもかかわらず、医療になかなかつなげることができないケースが少なくないことは精神科Q&Aの統合失調症の実例、中でも特に今回(2010.10.5.)の実例(【1805】から【1870】)をお読みいただければ明らかかと思います。さらには、他のご家族の協力が得られず、ご家族の中でのどなたか一人が苦労されるというケースも稀ではありません。

医者といえども人の子なので、病気にかかることもあるでしょう、しかし、そのことを理由にどうして夫がきちんとした医療にかけることができないのか、はなはだ疑問です。

この【1868】のケースで医療にかかることが困難なのは、この方が医者であることが理由ではありません。このような難しいケースでは、公的な医療サービスの側も(つまり保健所などということですが)、介入には消極的になるのはごく普通のことです。その際にはいろいろな理由づけがなされます。最も多いのは「本人の意思が第一」「本人の人権を尊重する」といった大義名分です。このケースで保健師が

「医者には意見できない」

と説明したのも、そのような理由づけの一つにすぎません。

本人の意思を尊重しているようで、実は触らぬ神にたたりなし、になっているのではないでしょうか?

その通りです。

やはりある程度、家族なりの判断があれば、動いていただきたいと思います。

その通りです。
が、それを質問者が私に訴えても何もならず、私がここで「その通りです」と賛同しても何もなりません。このようなケースで保健所も警察も動きにくいのは、【1852】の回答のような背景があります。もちろん本人の意思は最大限重視すべきですし、強制的な手段は可能な限り避けるべきです。しかしそれでも強行手段を取る以外にどうしようもないケースがある。ではどのようなケースがそうなのか。それは、多くの人々が、統合失調症という病気について正しい認識を持たない限り、適切なコンセンサスは到底得られません。今回の更新(2010.10.5.)で、統合失調症をめぐる困難さについて、様々な立場の人々からのご質問をまとめて掲載した意図のひとつはそこにあります。すなわち、

やはりある程度、家族なりの判断があれば、動いていただきたいと思います。

という、この【1868】の質問者の希望を現実化するためには、いくら理屈を言ってもはじまらず、たくさんの実例をたくさんの人々に知っていただき、考えていただく以外にないと私は考えます。

なお、この【1868】のケースの経過を振り返ってみますと、

5ヶ月の入院の後「通院を必ずすること。途切れたら再度入院」と主治医にきつく言い渡されて退院しました。

この時が唯一ともいえるチャンスだったといえるでしょう。
このようなケースでは入院治療を受けていただくまでがきわめて大変ですが、入院は治療の出発点にすぎません。退院後、いかにきちんと服薬し治療を受け続けていただくか。それが実現されなければ、入院は一時しのぎにすぎません。この【1868】は、退院後、薬を飲まずに再発するおそれが非常に高いケースであることは当時でもわかっていたと思います。

退院後しばらくは通院も続け、穏やかに過ごすことができたのですが、やがて大量に余ったお薬を発見し、ほどなく以前と同じような幻聴や妄想が激しくなり、暴力も再開してしまいました。

これと全く同じ情景は、統合失調症の実話に基づいた映画『ビューティフルマインド』にも描かれています。つまり、予想された事態だったということです。

さらにこのケースでは、いったん再発すれば、次にまた治療を始めるのは不可能に近いくらい困難であることもわかっていたと思います。退院後、デポdepo剤の注射などによる治療継続を考えるべきでした。

今は離婚した人ですので、どうにかしたいとは思っていませんが、少なくとも嫌がらせなどを止めて欲しいし、また子どもの父親としていつか会える日には、病気がいい状態であってほしいと願っています。

そのためには精神科で治療を受けていただくのが唯一の方法です。

今回の更新(2010.10.5.)について



(2010.10.5.)


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