精神科Q&A

PTSDの素因(PTSDへのなりやすさ・なりにくさ)


Heim C, Nemeroff CB.: Neurobiology of posttraumatic stress disorder.
CNS Spectr. 2009 Jan;14(1 Suppl 1):13-24.
(2010年6月現在、全文がwebに公開されており無料で読むことができます)
PTSDへのやりやすさ・なりにくさは、ストレスに対する脳内システムの個人差が関係しているはず。この、PTSD素因研究の出発点から2009年までの研究の流れを解説した総説です。


●  Gilbertson MW et al: Smaller hippocampal volume predicts pathologic vulnerability to psychological trauma. 
Nature Neuroscience 5: 1242-1247, 2002. 

 きわめて有名な論文です。この論文以前から、PTSD患者では海馬が小さいという所見が知られていました。けれどもそれは、PTSDになったために小さくなったのか、それとも、もともとその人は海馬が小さくて、その海馬が小さいということがPTSDへのなりやすさと関係しているのかが不明でした。2002年に発表されたこの論文は、一卵性双生児について、一方がトラウマ(ベトナム戦争体験)にさらされ、他方がトラウマにさらされていないペア40組について、PTSD発症・重症度と海馬の大きさを測定したものです。そして、海馬が小さいことは、トラウマの結果ではなく、PTSDへのなりやすさを反映しているという結果が出されています。

●  Sapolsky RM: Chickens, eggs and hippocampal atrophy.
Nature Neuroscience 5: 1111-1113, 2002.

 上と同じNature Neuroscienceに掲載された、上の論文の解説です。タイトルは、海馬が小さいこととPTSDの関係は、どちらが鶏でどちらが卵か、ということを示しています。上の論文は貴重なデータですが、これでPTSD素因の議論に結論が出たわけではないという注意を喚起する解説となっています。実際、この後、PTSDと海馬についての研究と議論は続くことになります。

●  Conrad CD.: Chronic stress-induced hippocampal vulnerability: the glucocorticoid vulnerability hypothesis. Rev Neurosci. 2008;19(6):395-411. (2010年6月現在、全文がwebに公開されており無料で読むことができます)
人間に慢性的なストレスが加われば、そのストレスの度に何回もステロイドホルモンが上がります。それによって海馬のある状態が、その後のトラウマに対する弱さ = PTSDへのなりやすさ につながる、という有力な仮説を論じたものです。この仮説が論文タイトルにもある「Glucocorticoid Vulnerability Hypothesis」です。この論文ではうつ病との関連も論じており、示唆に富むものです。

●  Shin LM, Liberzon I.: The neurocircuitry of fear, stress, and anxiety disorders.
Neuropsychopharmacology. 2010 Jan;35(1):169-91.

「恐怖、ストレス、不安障害の神経回路」というタイトルで、不安障害として、PTSD、恐怖症、社交恐怖(社会恐怖。対人恐怖にかなり近いもの)が扱われています。これらに共通して関連するのは扁桃体ですが、PTSDではそれに加えて、前部帯状回や前頭葉腹側の関与を示唆するデータがいくつも得られています。

●  Charuvastra A, Cloitre M.: Social bonds and posttraumatic stress disorder.
Annu Rev Psychol. 2008;59:301-28.
(2010年6月現在、全文がwebに公開されており無料で読むことができます)
人為的なトラウマのほうが、PTSDになりやすいことが知られています(つまり、交通事故のような人災のほうが、地震のような天災より、PTSDの原因になりやすい)。そして、PTSDになった後の社会的サポートも、経過を左右することから、対人関係がPTSDのカギであるという観点からの見方を示した論文です。この論文の著者はこの見方をsocial ecology of PTSDと呼んでいます。

●  Haas BW, Canli T.: Emotional memory function, personality structure and psychopathology: a neural system approach to the identification of vulnerability markers.
Brain Res Rev. 2008 Jun;58(1):71-84. Epub 2008 Feb 20.
(2010年6月現在、全文がwebに公開されており無料で読むことができます)
強く心を動かされた出来事が強く記憶に残るのは、日常の体験からも明らかです。そして、その度合いの個人差は、PTSDへのなりやすさ・なりにくさに関係している可能性は大きいと推定できます。そこで、強く心を動かされたことによる記憶(emotional memory)の個人差を、神経生物学的な個人差(扁桃体の機能など)から探究した論文です。




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