精神科Q&A

【1696】胃がん手術後、せん妄になったと思われる父に抗がん剤治療を受けさせるべきか


Q: 41歳の女性です。84歳の父の抗がん剤投与とせん妄の再発の可能性についてご相談します。父がおかしくなってから,夫に教えられて林先生のページを拝見しました。せん妄についての相談へのご回答は大変勉強になり,励まされました。ありがとうございました。 
父は食欲旺盛,旅行に行けば1日1万歩を歩き,持病のぜんそく以外これといった健康上の問題もなく過ごしてきました。ところが1ヶ月半前ころから食欲がなくなり,検査の結果胃がんと診断され,入院して栄養点滴を4日間受けて脱水と栄養失調を改善してから手術を受け,胃の2/3ほどを切除しました。術後,点滴をやめて身体が回復するにつれ,看護師に英語混じりの冗談を言ったりするなど通常の会話らしきものができるようになりましたが,今いる場所を会話に出てきた場所だと思い込み,東京にいるのにここは京都だと言ったり,今が何月かわからないのは相変わらずでした。言ったことを何度も訂正されるためか,当人には「頭がおかしくなっちゃった」という自覚がありました。 入院中,父が子供同様にかわいがっていた海外在住の甥の訃報が届き,退院後母が父に伝えたところ,自分は弱っていて行かれないが,よろしく伝えてくれと私が香典を託されました。しかし翌日には覚えておらず,毎日母が話すと反応が違う状態でした。それでも知らせてから1週間ばかり後の日本での納骨の当日には大泣きして受け止め,その翌日には前の日が納骨だったことを覚えており,少しずつ記憶の混乱が治ってきているようです。退院してからは自宅の場所もわかっているようです。 近日中に担当の医師と話し合い,再発防止の抗がん剤の投与の有無を決めなければなりません。母によれば,退院1週間後の外来で,担当医は母に抗がん剤ティーエスワンカプセルの服用ガイドを渡して,次回外来までに家族で話し合って投与するかどうか決めるように,ただし昔の薬ほど激しくはないものの副作用があるから,父は高齢であるので服用を勧めないと言ったそうです。しかし,父のようにIIIBまで進んだがんでは,通常なら服用を勧めるとも言っています。母は,現状で父の頭が正常でない上に体調まで悪くなるようだと面倒が見きれないかもしれないと恐れています。私はもう一つ,抗がん剤の副作用による体調不良で,父のせん妄が悪化することを心配しています。せん妄はいつか治るにしても,いつ治るかが抗がん剤によってよけいわからなくなるとしたら,父と二人暮らしの母には,精神的にも肉体的にも大きな負担になるでしょう。父に体格的に劣り,杖をついて歩く母にできることには限界があります。私に兄弟はなく,私は仕事を持って地方暮らしで,土・日にしか東京には帰れません。 とはいえ,現在も身体の回復のめざましい父は,がんにさえならなければ100歳まで健康に生きる人のように見え,身体が持つなら抗がん剤をあげた方がいいようにも思えます。死に方を選べるなら,痛いと言われるがんより老衰の方がいいだろうと思うのです。担当医と腹を割って話したいのですが,執刀した担当医は「術後せん妄とは手術直後の何もわからなくなって管を抜いてしまう状態のこと。退院時のお父さんの状態は術後せん妄ではなく入院時と同じ。ぼけてるんじゃないの」という,さばけているけれど,せん妄についての知識・考え方に疑問のある方です。この医師は脱水と栄養失調と患部からの出血による貧血を起こしてからの父しか知らないのです。実は父は胃がん手術の入院の1ヶ月前,頭が痛いと言って脳ドックを受けて,何の異常もないと太鼓判を押されて帰ってきています。従って少なくとも入院前には,多少の健忘症はあるにせよ父は認知症ではなかったのだろうと思います。 高齢者の術後せん妄からの回復期に,抗がん剤投与でせん妄を悪化させることがあるでしょうか。抗がん剤ティーエスワンは私が調べたところによると,吐き気・食欲不振・血中の血小板や赤血球の減少などの副作用があるとのことです


林:
お父様は術後せん妄です。それを前提に、今どうすべきかを考え決定しなければなりません。

高齢者の術後せん妄からの回復期に,抗がん剤投与でせん妄を悪化させることがあるでしょうか。

それはあり得ます。いかなる薬も、せん妄の原因になり得るからです。

私はもう一つ,抗がん剤の副作用による体調不良で,父のせん妄が悪化することを心配しています。

もっともなご心配です。しかし回答は一つです。抗がん剤による癌の治療(再発予防を含む)というプラスと、せん妄の悪化というマイナスの、どちらが大きいと判断するかです。

私は、このような判断は本来は医師がすべきと考えます。昨今はインフォームドコンセントという言葉がもてはやされ、何でも患者さんご本人やご家族が意思決定をするのが良いことのように考える風潮がありますが、それは程度の問題であって、インフォームドコンセントとは、実は医師の責任放棄である場合も多いと思っています。この【1696】のようなケースでは、抗がん剤のプラス・マイナスの判断は非常に難しく、ご家族に決定を投げるのは医師として不適切で、医師が専門的知識に基づいて判断すべきだと思います。しかしながら、

執刀した担当医は「術後せん妄とは手術直後の何もわからなくなって管を抜いてしまう状態のこと。退院時のお父さんの状態は術後せん妄ではなく入院時と同じ。ぼけてるんじゃないの」という,さばけているけれど,せん妄についての知識・考え方に疑問のある方です。

このような認識の医師には、それを期待することは無理でしょう。
(これはもちろんこの医師への批判でもありますが、しかし、外科医であるからには、せん妄の知識よりも、手術の腕こそが重要であるという考え方もできると思います。両方が満たされれば理想ですが、ここでそれを求めるのはないものねだりでしょう)

ではどうするか。残念ながら私にはわかりません。
けれどもやはり主治医のアドバイスを重視すべきでしょう。すなわち、

次回外来までに家族で話し合って投与するかどうか決めるように,ただし昔の薬ほど激しくはないものの副作用があるから,父は高齢であるので服用を勧めないと言ったそうです。

ということであれば、それは外科医として、せん妄についてはともかく、お父様の癌の悪性度、ステージなどを総合的に評価したうえで、抗がん剤投与は望ましくないと判断しておられるはずですので、その判断に従うのが最善だと思います。


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