精神科Q&A

【1684】重度のうつ病と言っていた彼女は境界性パーソナリティ障害だったのでしょうか


Q: 私は30代の男性です。 非常に分かりやすく書かれている林先生の著書やホームページは、いつも参考にしています。 今回は、以前関わりを持ったことのある女性や彼女を取り巻く一連の出来事について、あれは一体何だったのだろうという疑問が拭えないため、林先生の見解を伺いたいと思いまして、メールをすることにいたしました。 女性の名前をAとします。当時Aさんの年齢は20代で、結婚してからまだ数ヶ月しか経っていないような新婚の既婚者でした。 私はAさんと関わりを持ったと言っても直接お会いしたことはなく、友人であるAさんの夫から、Aさんについての相談を受けていました。 結婚前、Aさんはハードな仕事によりストレスが溜まって、心身共に弱ってしまったとのことで、心療内科に通っていました。 夜は慢性的に不眠だったそうです。 また、食事に行ってもお茶碗半杯のお米すら食べられないほど少食で、しかも食後はトイレにこもって自ら指を喉に突っ込んで吐き出してしまうため、拒食の傾向があったそうです。実際、Aさんはガリガリで、標準体重から15〜20キロくらい少ない状態でした。 そんなAさんにとって唯一の安らぎはお酒を呑むことで、居酒屋に行くと限度がなくなり、自力で帰宅できないほど泥酔してしまうこともしょっちゅうだったそうです。 Aさんのご両親は精神的な病に対して偏見を持っていたため、心療内科に通うことを批難して、気のせいだとか情けないだとか恥だとか言って憤慨し、Aさんは散々な扱いを受けていたそうです。従って、親から半ば見放された孤独なAさんは、さらに追い込まれていました。 結婚後も、拒食や大量の飲酒はなくならず、夫は随分と苦労したそうです。また、半裸状態で夢遊病のように外をさ迷うなど、奇異な行動も見られたようです。 それから、結婚して間もない頃、Aさんが何人もの男性と浮気をしていたことが発覚し、発覚後、Aさんは錯乱して自殺を図るなどして、過激な行動をとったそうです。 間もなくAさんは妊娠し、ハードだった仕事を退職して専業主婦になったことで、わりと落ち着いた生活を送れるようになりました。そして、出産を無事に果たし、最愛の子どもを得たことで、まだ多少危なっかしい部分はありつつも、夫婦は淡々と新婚生活を満喫していたように思います。 しかし、淡々と、と書きましたように、この頃から夫のAさんに対する愛情は、次第に薄れていきました。そのことを感じ取ったAさんは、ただでさえ夫に対する依存性が強かったこともあったため非常にショックを受け、症状が一気に急降下してしまいます。 Aさんは、しばらくおさまっていた拒食の症状が復活し、頻繁にトイレへこもり、嘔吐を繰り返すようになりました。 また、飲酒も頻繁になり、毎晩のように大量のアルコールを摂取して、朝起きるとそこらじゅうに嘔吐物が散らばっているようになりました。さらに、飲酒した際の行動は過激さを増し、具体的には、夫を信じられないほどの汚い言葉で罵ったり、家具を振り回してガラスを粉々に割ったり、排泄物を垂れ流しながらもお構い無しで泣きじゃくったり、1歳にも満たない幼い子どもに怒鳴り付けて八つ当たりをしたり、またその子どもを抱きながら共に自殺を図ったり、時には興奮しすぎて気絶をしたり、といった具合でした。 発言もあやふやで、これは飲酒の有無に関わらず、離婚したら死んでやると言ったかと思えば早く離婚したいと言ったり、今すぐ子どもと共に自殺すると取り乱したかと思えばあのときは自殺するつもりなんか微塵もなくてカモフラージュだったと言ったり、こんな夫で最悪だと言ったかと思えばいつも迷惑をかけて申し訳ないと謝罪したり、いまいち何が本心なのか分からず、夫は困惑するばかりでした。 とにかく飲酒だけは辞めさせなければと思い、Aさんが通っている心療内科の主治医からその旨を本人に伝えてもらおうとしたのですが、主治医は、日中は呑まなくても生活できているし受け答えなどがきちんとしているからアルコール依存症ではないと断言し、ただ、毎日呑むと肝臓に悪いから、週何日かは禁酒日を設けると良いですねと提案しただけで、全く意味がないどころか、健全だと思い込んでしまったAさんの飲酒状況はますます悪化してしまいました。 ちなみに、主治医から受けていた治療は一方的に抗不安薬・抗うつ薬・抗精神病薬・睡眠薬など多種類の薬を処方されるだけで、話を聞くなどカウンセリングのような治療は一切ありませんでした。 実は、そういった治療法や先ほどの飲酒についての対応から、これで本当に治るのかと疑問を持っていましたが、専門的な知識もない素人が口を挟んではいけないと思い、とにかく主治医の方針に従っていました。 そして、ついには、夫までもが精神的に参ってしまったのです。仕事を休みがちになり、不眠や強い自殺念慮が付きまとうようになりました。結局、夫は休職願を提出して、Aさんとは別の心療内科に通い始めましたが、症状はなかなか良くなりませんでした。 私は、友人であるこの夫から夫婦間の話を聞き続け、見守ったり励ましたりと、自分なりに一生懸命対応をしていたつもりでした。しかし、一向に改善しない現状を目の当たりにしつつ、連日にわたる彼からの、我が子をかわいいと思えない・仕事に意味を見い出せない・趣味に魅力を感じない・未来は真っ暗だ・自分は生きていても価値がない・自分が死ねば皆が幸せになる・遺書を書いたから場所を控えておいてほしい・・・などの訴えを受けて、本当に死んでしまったらどうしよう、と常に心配をする日々が続きました。また、今すぐ死ぬ、と言われると、何もかも放り出して駆け付けて、何時間もかけて説得をするようになり、気が付けば、私までもが仕事を休みがちになり、不眠などに悩まされる身となっていました。 常々引き込まれてはいけないと注意していたのですが、引き込まれていることを自覚したため、もう、背負い込まないようにしようと決めました。私は、思いきって友人と距離を置きました。この距離とは、絶交だとかそういうものではありませんが、夫婦間の問題や精神的な問題を私にぶつけられない程度の距離間です。 もちろん友人は激しく落ち込みました。私は、支えることを放棄して友人を見捨てて厄介な問題を排除したという自己中心的な裏切り行為を仕出かしたため、罪悪感に苛まれ、毎日泣いたり気持ちが悪くなったりと、しばらくは苦しい思いをしていました。 それから長い月日を経て、噂によると友人は安定し、さらに離婚も決まったそうで、本当にほっとしています。 (私を含め、世間には、精神疾患者を愛情によって支えようという考え方が多くあると思います。しかし、今回の件を通じて、例え友人とは言え、精神疾患者を愛情だけで支えることが困難もしくは不可能であり、専門家に任せることが大切かつ唯一の解決法であるということを、思い知りました。)

ここで、林先生にお聞きしたいことがあります。 騒動が沈静化した今、私は一連の出来事を振り返り、疑問に思うことがあるのです。 まず、Aさんの病名は何だったのでしょうか。本人曰く診断名は重度のうつ病とのことで、友人もそのように捉えていましたが、どうも、うつ病とは思えないのです。そんなとき、林先生の著書『境界性パーソナリティ障害』のケース24・25を読んでハッとしました。Aさんは、境界性パーソナリティ障害だったのではないでしょうか。 また、仮にAさんが境界性パーソナリティ障害だったとしたら、主治医の治療法は適切だったと言えるのでしょうか。さらに、Aさんは明らかに飲酒量が多く酒癖が悪いと思うのですが、主治医の言う通り、アルコール依存症ではなく、週何日かの禁酒日を設ける程度で良かったのでしょうか。専門家の判断を疑いたくありませんが、どうしても引っ掛かってしまうのです。 最後に、友人を支えていた私は、イネイブラーというものになっていたのでしょうか。友人が私に依存していることは明らかでした。結果論かもしれませんが、友人と距離を置いたことで事態が好転したことを思うと、最初からこうしていればよかったのではないかと思うのです。私は、取り越し苦労をしていたばかりでなく、極端に言うと、友人を不幸にしていたのでしょうか。 長くなってしまい、申し訳ありません。お時間のあるときにお答えいただければ幸いです。


林:
結婚前、Aさんはハードな仕事によりストレスが溜まって、心身共に弱ってしまったとのことで、心療内科に通っていました。 夜は慢性的に不眠だったそうです。 また、食事に行ってもお茶碗半杯のお米すら食べられないほど少食で、しかも食後はトイレにこもって自ら指を喉に突っ込んで吐き出してしまうため、拒食の傾向があったそうです。実際、Aさんはガリガリで、標準体重から15〜20キロくらい少ない状態でした。

この時点で、摂食障害であったことまでは確実にいえるでしょう。このような食事にかかわる行動は、体重減少などもあって目立つため、摂食障害だけが問題であるように見えることもありますが、この後の経過からみて、この時点ですでに、境界性パーソナリティ障害がこの方の主病名であったのだと思います。
(また、このような経過の場合、「ハードな仕事のストレス→心身ともに弱る。不眠→食欲低下」という経緯から、安易にうつ病と診断されることが最近ではよくありますが、それは大きな間違いです。これはうつ病ではありません)

そんなAさんにとって唯一の安らぎはお酒を呑むことで、居酒屋に行くと限度がなくなり、自力で帰宅できないほど泥酔してしまうこともしょっちゅうだったそうです。

境界性パーソナリティ障害にしばしば伴う、アルコール依存症です。

Aさんのご両親は精神的な病に対して偏見を持っていたため、心療内科に通うことを批難して、気のせいだとか情けないだとか恥だとか言って憤慨し、Aさんは散々な扱いを受けていたそうです。

それでは症状が悪化するのは当然です。

従って、親から半ば見放された孤独なAさんは、さらに追い込まれていました。 結婚後も、拒食や大量の飲酒はなくならず、夫は随分と苦労したそうです。

結婚されたばかりのご主人は、愛情によって解決なさろうとしたと思われますが、質問者もメールにお書きになっている通り、愛情だけでは解決しないのが常です。

また、半裸状態で夢遊病のように外をさ迷うなど、奇異な行動も見られたようです。

解離であったと思われます。後に、「興奮しすぎて気絶」という、やはり解離と思われる症状があったことも、この判断を支持する事実です。

メール最後のご質問に順にお答えしますと、

まず、Aさんの病名は何だったのでしょうか。

境界性パーソナリティ障害(境界性人格障害)です。

本人曰く診断名は重度のうつ病とのことで、友人もそのように捉えていましたが、

先にお書きしたとおり、このようなケースをうつ病とするのは大きな間違いです。うつ病の治療では治りません。

どうも、うつ病とは思えないのです。

その通りです。

また、仮にAさんが境界性パーソナリティ障害だったとしたら、主治医の治療法は適切だったと言えるのでしょうか。

わかりません。主治医の治療内容は、

主治医から受けていた治療は一方的に抗不安薬・抗うつ薬・抗精神病薬・睡眠薬など多種類の薬を処方されるだけで、話を聞くなどカウンセリングのような治療は一切ありませんでした。

とのことですが、なぜ「処方されるだけ」であったと質問者にわかるのでしょうか。医師から薬を処方されたのは事実でしょう。しかしそれ以外のことが行われていないと、なぜ質問者にわかるのでしょうか。
つまり、このメールからは、治療内容が不明ですので、治療が適切であったかどうかはわかりません。

さらに、Aさんは明らかに飲酒量が多く酒癖が悪いと思うのですが、主治医の言う通り、アルコール依存症ではなく、週何日かの禁酒日を設ける程度で良かったのでしょうか。

この点については、質問者の疑問はもっともです。Aさんはアルコール依存症ですから、主治医の指示は不適切です。この医師の、アルコールに対する見方は非常に甘いと言わざるを得ません。医師がアルコール依存症のイネイブラーになることはしばしばありますが、これはその典型的な一例といえます。

最後に、友人を支えていた私は、イネイブラーというものになっていたのでしょうか。友人が私に依存していることは明らかでした。結果論かもしれませんが、友人と距離を置いたことで事態が好転したことを思うと、最初からこうしていればよかったのではないかと思うのです。

質問者がイネイブラーであったことは、振り返ってみればその通りです。しかしそれは結果論にすぎません。それは必ずしも質問者がAさんをうつ病と誤認していたからではなく、仮に最初の時点で境界性パーソナリティ障害の知識があり、彼女を境界性パーソナリティ障害であると認識していても、やはり友人としてはこの対応を取るしかなかったのではないかと思います。そして、さんざん苦労した末に、距離を置くことが適切だったと理解する。苦労された質問者にこのようなことを言うのは失礼ですが、こういう経過を経てはじめて、適切な対応を学ばれたということになるのだと思います。それに、もし最初から、「彼女は境界性パーソナリティ障害だから、イネイブラーにならないためにも、あまり助けず、距離を置いたほうがいい」と判断し、そのような行動を取ったとしたら、質問者本人にとっては楽だったかもしれませんが、Aさんの病状は悪化していたかもれません。ですから、

私は、取り越し苦労をしていたばかりでなく、極端に言うと、友人を不幸にしていたのでしょうか。

そのようなことは言えません。彼女の支えになっていたと思います。


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