精神科Q&A

【1560】発達障害の部下の長所を引き出すよう接していきたい(【1498】のその後)


Q 【1498】曖昧な対人関係を理解できずトラブルを繰り返す部下は病気でしょうか で質問にお答えいただいた者です。まとまりのない長文の質問に対して丁寧にご回答いただき、厚くお礼申し上げます。 先生のお答えの最初のほうにあった「知能は低くないのにもかかわらず、多くの人が常識として自然に身につけている対人関係技能を持っていない。のみならず、そのような対人関係技能が自然であるとか、さらには必要であるという認識が全く持てない」という記述を拝見して、ずっと感じていた不思議さに、ストンと合点がいったような気がいたしました。対人関係技能が低い人は時々見かけますが、Aさんの場合は「対人関係技能というものがこの世に存在すること、そして皆それを使って人間関係を円滑に保つ努力をしているという当たり前のことが、心底理解できないのではないか」というのが、私の感じていた不思議さの正体だったのだとわかりました。また、「わがままで自己中心的な人」と単純に決め付けることを躊躇させるなにかをAさんから感じていましたが、その理由が、先生のご説明でよく納得できました。さらに、曖昧さをはらむ事態や関係について、一生懸命考えても理解できないということがありえて、それは本人が努力をしても克服できるものではないということもよくわかりました。Aさんの様子から私が漠然と断片的に感じ取りかけていたことを、ご説明によって筋道立てて把握できたように思います。

「発達障害」「アスペルガー」という言葉は新聞やテレビで目にしたことがありますし、内容もわずかには知っていました。が、(こういう表現が適当かどうかはわかりませんが)「そういう状態の人が、そうとはわからないうちに、自然に傍にいることがありうる」という想像が私にはまったくありませんでした。色々な障害に対して差別的な人間では決してないつもりでしたが、なんらかの障害を持った人は、明らかにそうだということがわかるように存在すると思い込んでいたのかもしれません。変な言い方かもしれませんが、障害や病気をもつ人ともたない人の間には見てすぐにわかる違いがあるとは限らず、連続して存在しているという認識に欠けていたし、人の多様性についての理解が不足していたと感じています。先生のご回答を拝見して、Aさんの診断名というよりは、Aさんが物事をどのように認知・思考するのか、また、Aさんに対してこちらがなにに留意すればよいのかを理解することができました。お答えのなかに「明確に指示されたことは、普通の人よりはるかにきちんと出来る」と書かれていましたが、Aさんに接するときにはいつもこの言葉を思い出すようにしたいと思います。

ご質問のメールをお送りしてから相当時間が経っていますので、その後のAさんの様子をお知らせいたします。Aさんには曖昧な指示が通じないことは、以前にメールをお送りした頃にはなんとなく理解しましたので、通常よりは細かく明確に指示を出すようにはしていました。でもそれは、私の常識に照らした明確さでしたので、先生のおっしゃるような「10倍くらい」とは程遠く、トラブルは減ったもののなくなることはありませんでした。たとえば、顧客2社の発注内容を取り違え、B社からの依頼内容に対する確認をC社に行ない、取り違えている旨指摘されても「事前に発覚して実害がなかった」とことを理由にどちらの社にもお詫びをしようとしない(本当は、B社の業務内容を無断でC社に伝えたことになり、実害が出ている)、また別件では、Aさんの思い込みから大きなご迷惑をかけてしまった社外のDさんが、そのことについて抗議をしてきた際「済んだことでに焦点を当てず建設的な話し合いをしましょう」というような立場と状況をわきまえない発言をして余計に怒らせる(本人は、発端となった思い込みの原因は事前にDさんの説明がなかったからだと理解しており、また過去にこだわるより事態を前に進めようというまともな主張をしているつもりなので、なぜ余計に怒らせたのか理解できない、一方で客観的に見るとDさんは事前に一通りの説明をきちんとしていた)、といったことでした。そこでAさんの仕事の内容を見直し、社外との渉外的な内容を含むものをはずし、社内の人間との関係で完結する定型業務に専念してもらうことにしました。この仕事は通常は新入社員が担当するものですので、Aさんのプライドが傷つくことを心配しましたが、Aさんには「重要と見做されている仕事をして評価されたい」「年齢相応の仕事でないと恥ずかしい」という欲や見栄がない様子で、地道に取り組んでいます。また、長年ルーティン化していた統計処理業務について新たな評価指標を提案するなど、自分のペースで落ち着いて物事を考えている様子も伺えます。先生のお答えを読んで考えてみると、以前の状況は、Aさんにとってみれば「なぜ悪いのかわからないことで注意を受け、いくら考えてもどこを改善すべきかわからない、そうこうするうちにまたトラブルが発生して注意を受ける」という悪循環だったのだと思います。ですので、社内で完結する業務を担当している今は、以前に比べて気持ちが安定しているように見受けられます。今後は、先生のアドバイスを生かし、「10倍くらい」明確に指示を出すことを心がけて、定型業務に限定することなくAさんの長所を生かすことができればいいなと思います。 ご回答いただき、本当にありがとうございました。


林: 経過のご連絡をいただきありがとうございました。ぜひ指示を明確にお出しするなど、対応を工夫されることで、Aさんの長所を引き出していただければと思います。もちろん、現実にはなかなかうまくいかないことも多いことは否めません。今後のAさんとのかかわりで体験されたことを、またいつかお知らせいただければ大変嬉しく思います。


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