精神科Q&A

【1514】優秀でやさしい彼の言動がおかしくなった


Q:  私の元彼のことです。
 彼は中国人で6年前、日本へ来てIT業界でSEの仕事を派遣社員の形でやってきました。今年29歳になります。前回の職場でサブリーダーもやりました。彼は学校の時からも成績が優秀だったそうです。彼は親孝行で、優しい人です。誰かが自分より不幸だったら、すぐに手を伸ばす人です。道を歩いていて、ゴミがあったら拾います。彼は6年いましたが、最初は安い人件費で働いて貯金をし、それでビジネスを始めました。そのビジネスで儲けたときは、何千万も手にしたことがあったらしいです。ところがすぐ泡になって、再びITをやり始めて、今まで貯金全然ないし、6年で残した事何一つないと思っています。だから、彼は物凄く焦っていました。友達のお子さんがいると羨ましく思ったりしていました。彼は会社に勤めていた時、会社を終えると1時ごろまでIT勉強と英語勉強をしました。土日は図書館へ行きました。彼は勉強好きで、負けず嫌いです。タバコもお酒もしません。

前の会社で2ヶ月も経たずに、彼はいきなり国へ帰りました。その日から人が変わったように感じました。

その前、彼が私のちょっとした変化に夜行電車で大阪から来ました。そのとき携帯をなくしました。それで、私の携帯をあげたんですけど、帰りの電車で携帯のチップを取り出して捨てたらしいです。

国へ帰った日は普通の日で出勤するはずだったんですが、いきなり公衆電話から電話があって、帰国しなければならないから振込みしてほしいって願いがありました。そのとき、彼は物忘れが酷くて、幾つか通帳、カード持っているはずなのが、私と付き合う頃は、たった通帳一個しか残りませんでした。それで、私が保管していました。

彼の話通り、振込みして、夕方6時ぐらいまた連絡ありました。その間に彼は大阪から福岡まで移動していました。それで、そこから、飛行機のチケットを買うのにまだお金が足りなくて、振込みしてほしいって依頼がありましたが、振込みしても引き取れないと言ったら、振込みのことは諦めました。納得させて私の所へ来るようにしましたが、はっきりした返事はしませんでした。考えてみますって。それから、電話はありませんでした。私は心配でメールを書きました。夜9時ごろ、彼からメールを頂きました。次の3通です。

*** 

1
私は魔物じゃありません。
私の現在の心のなかみをみせます。
死ぬと思ってます。 空港にて、「お客様へ22時10分に電源がきれます。」をみました。


2
仕事はゲームとおもいながら、楽しみであれば私は最高とおもいながら仕事をしてました。

テストうけましたが、午前は合格です。
私は夜の22時10分に死ぬと思ってます。詐欺といわれながらいろんな職場を回っていたといながら、お金がほしくて、仕事ができないのに、仕事に投入したとおもいます。


3
私を生かしてください。お母さんにも金を送ってないし、弟にもお金なし、勉強など、このごろはお客さんに仕事しているが、どうせ 仕様書がたくさん、非管理職から管理職になるサーブリーダになって、仕事はぜんぜん進めない、、、

*** 


私は驚きました。

メールを頂いて、前後矛盾してるところもありましたが、本当に死ぬと思うんじゃないかと心配するしか、何も出来ませんでした。連絡取る方法もなかったです。

それが、次の日、韓国から連絡ありました。船で韓国へ行ったって、それでちょっとほっとしました。

急に、日本を離れなければならないことを聞いたら、自分が日本に残ると死ぬって。電車に乗ったり、道を歩いたりすると、周りから自分のことを言ったり、ずっと自分のことを見つめたり、もっと酷いのはあっちこっちに自分の死亡日が書いてあって、10月の11日と22日は宣告された死亡日で、日本には居られないって。彼は元々数字に敏感でした。韓国に着いたときも、港の付近で多くのおじいさん、おばあさんが自分を見て、この子は死にかけてるっていいながら、涙を流したって。彼がこういう感じがあり始めたのは昨年の年末ごろだったと言いました。その会社にいるときも、誰かが話しかけたりして、そのときも急に中国へ帰って3週間ぐらい休んだって。実は、私と一緒に居るときでも、同じ感じだって言いました。彼のお母さんが韓国にいらっしゃって、お母さんに会ってお金もらってチケット買って、そのまま船で中国へ帰りました。彼は飛行機乗るのを怖がりました。

中国へ帰ってから、私が電話をかけると知らない人がまた自分に日本語で話したかけってくるって何回も言いました。中国へ帰ると大丈夫かなと思ったら、一日休んでまた行方不明になりました。彼の弟と連絡取れやすいため、北京の家へ着いたとたん携帯を買いましたが、その日また連絡取れませんでした。彼の弟と連絡したが、うちに帰っても兄さんの靴とかはそのままあるから遠いところは行かないはずだから、心配しないでと言ってくれました。ところが、その日、帰宅しませんでした。次の日、中国の一番南の方から、帰るお金がないからって、連絡あったらしいです。その後もあそこまで行く理由がなんですかって聞いたら、香港の土を踏むと何かもよくなる気がして香港まで行きましたって言ってくれました。

それで、彼のお母さんがあんまりにも心配で韓国から帰ってきて、彼のそばで面倒見が始まりました。それからの一ヶ月間彼はとても元気ありませんでした。会社との連絡も、私が日本でやってあげました。彼は話すのも嫌がって、文章書くのも嫌がってとにかく元気なくして、彼のお母さんが出かけると一緒にどこかへ行ったり、食べたいものがあったら、作ってもらったりしました。

その後、彼の会社から荷物を片付けて私の所へ送ってきたが、荷物をみて再び驚きました。彼が帰国するときは、手ぶらでした。カバン一つも着替え一つも持って帰っていませんでした。

一ヶ月経って、ちょうどGWのとき、チャンスがあって、彼がお客さんをガイドして、中国の名所めぐりの旅に立ちました。旅から元気をちょっと戻したらしいです。

でも、自分をもうちょっと充電させてから、日本へ戻るって約束した彼でした。周りの親戚の弟とか実の弟とかは車持っているから、自分も運転免許取るって教習場に通いはじめました。ところが、一ヶ月も持ちませんでした。ちょっと、元気を取り戻した彼は自分が日本語学校を作ろうって言い出したのを、私と彼のお母さんは反対しました。今の状況では無理だと。厳しいだと。それから、彼は自分がやろうとすることを言わなくなりました。私と自分のお母さんが信じられなくなったらしいです。

そのあと彼はビジネスしようと広州へ行きました。彼の思った通りではなかったらしいです。行くときは飛行機で、何日間後の帰りは列車でした。列車でほぼ丸一日くらいはかかるはずだったです。30日の列車に乗って、31日の朝、電話したら、「俺もしかして11月1日に日本へ戻る」って。うれしかったです。もう元気になって、計画を立てて戻るかなと思いました。彼のお母さんにも話してあるかなと思いました。ところが、何も話していません。彼は、北京に着いたとたん、お母さんからお金をもらって、すぐチケット買って、何の荷物も持たずに、日本へ向かいました。彼は、今まで自分のお母さんのことを自慢して誇りを思って、何時でもどこに居てもお母さんのことを一番に思っている人でした。

急に日本へ来て、二日目にはやっぱり帰国するって言い出しました。私が、学校に行く間、彼は以前私と一緒に行っていた鎌倉までいったり、香港ビザ作りに行ったりしてました。その次の日、新宿に行けなければならないって言うから、同行しました。ちょっと不安もありましたし。彼がチケットと予約をしていたらしいが、その電話番号を忘れてしまってたんです。しようがなく、私が旅行社に連絡しましたが、彼は同日の出発の希望で向こうも困っていました。それでも、どうしてもお願いして、同日帰りの便で、一ヶ月後戻れる往復チケットを買いました。それで、一緒に電車の中で色々話すとき、ちょうどその頃、韓国でのデモや牛乳問題や政治問題や色々あって、彼はそういうニュースに結構注目していました。彼は11月には日本に居たくないって、今の韓国の状況なら、11月19日大きい戦争が起きるって、その話、信じられなかったら、ニュース見なさいって。それで、彼はその日帰る飛行機に乗りました。私が空港まで送りました。

彼は直接北京へ帰るんじゃなくて、上海経由でした。北京に着くと夜10時半になるはずです。上海に着いたら、疲れるから飛行機で北京まで帰ってって言ったのですが、次の日の朝、彼はとんでもない都市に居ました。電話向こうの彼はとても疲れた声をしました。それでも、彼は自分がもう中国にいることを自分のお母さんには言っていません。自分の親戚の弟に言って、お母さんはそこから話し聞いて、彼に飛行機チケット買ってあげて、やっと無事に家に辿り着いて、疲れた彼は一日寝たらしいです。彼のお母さんはどう考えても普通ではないと思って、精神科の予約とって、彼の同意を求めた上、次の日病院へ行って検査を受け、何の問題もないという結果でした。彼は、何の反抗もせず、お母さんを安心させるためにって付いて行ったらしいです。ところが、本人も心細かったんじゃないか私も今思ってます。それ以来自分のお母さんも、私のことも嫌がっていました。その後、私から電話しても、いつも出ないか、電話を切るかでした。でも、彼は嫌とははっきり言えませんでした。毎日、ITの勉強とか、英語の勉強とか毎日忙しい日々を送ってました。

彼が12月始め頃、一回日本へ来て、やっぱり船の切符を買って、50時間以上を乗って帰りました。切符は12月7日の営業所がぎりぎり閉店するごと、走り回っていって、12月8日の切符を買いました。営業所の人たちは、次の日、朝10時に神戸の港まで行かなければならないから、どうも無理だから、辞めなさいって言ってくれました。それでも、夜行バスで移動するからって向こうを納得されて買いました。最初の言い訳は、船だったら安いし、一年往復だからと言っていましたが、それが鑑真号だから、それを乗りたいって言いました。鑑真は昔中国と日本の交流に力を入れた人で、わたし達が覚えるべき人で、12月1日はちょうど自分の出生年で、記念で世界の平和を記念するために、今後自分が年取って誇りを持って言えるために。1日じゃなければ、15日にするって。15日は日本と中国との戦争が終わった月記念日だからって。6時半頃、その営業所から出て、夜行バスのチケットを予約して、支払い終わって荷物取りに家に向かう電車でやっぱり明日行かないって。それで、本当に一週間後の15日に帰りました。その一週間の間、彼は本当に自分のお母さんに電話しませんでした。お母さんのことを口にするっと怒りました。彼はその一週間、日本で中国の出張する仕事を見つかって帰りました。その一週間リーダーになるための本とかコンピューター言語とかの猛勉強をしました。やっとやる気を取り戻してるかなと思ったら、そうでもなさそうです。その会社には面接して、今返事待ち中らしいです。彼は帰って、本気でお母さんの声さえ聞きたくないって言ったらしいです。それ以来、最近はどこにいるかも言わず、家にもあんまり戻らないらしいです。もう私も疲れて彼とは別れることにしました。彼のお母さん、弟も彼と一緒になると一生苦労するから彼のこと諦めなさいって言ってくれました。

彼は本当に正常でしょうか?でも、彼の変化はあんまりにも激しすぎて、彼のお母さんも、弟も今の彼の行動、考え方は分からないって言っています。今も彼のお母さんは、彼が本当に病気だったら、どこでも連れて行ってちゃんと治してあげたいが、医者が異常ないっていう以上、どうにも出来ないし、こういうことを誰にも言えないしって心を痛めています。

最近の彼の症状をまとめて見ると

1.幻聴 − いつも誰かが自分のことを言う

2.思考の混乱 − 変わるのが早い。自分でも自分が何をするべきか分かってないと思います。

3.被害妄想 − 自分が愛読する本を誰か、取り替えるかが心配。誰かがいつも自分の行動を監視しているって。今のITレベルでそれが可能であって、みんなが監視されているって言ったことがあります。

4.奇妙な行動 − いきなりの行方不明、携帯のチップを取り出して捨てる。

5.記憶力の減退 − 自分が言ったことよく覚えてない。物忘れ激しい。

6.焦りの気持ち − 自分は来年30になるので、早く何十万人を引率できるリーダーになり、自営業でも、ビジネスでもしたい。

8.計画性がない−二日後の計画も立てない。本人が言ったように一秒でも10回変われる。

9.カバンの中身が滅茶苦茶で、片付けられない。

10.何をしても長く続けない

11.学習能力はまだ大丈夫

12.脳がいつも回ってる。二つのCPUが同時に回ってる感じ。


最近の彼のメモ帳には、
今の私は死と有る無しにインプトされています。死ぬと生きるの間で戦っています。
と書かれていました。

是非ご提案ください。助けてください。


林: この彼は統合失調症です。一日も早く治療が必要です。あなたが1から12まで箇条書きにしておられる内容だけからも、ほぼ統合失調症であると判断できますし、メールに書かれた全体の経過は、統合失調症が発症し、治療を受けないまま妄想などの症状が続いている典型的なものといえます。【0450】などとも共通点があるのが読み取れるでしょう。

前の会社で2ヶ月も経たずに、彼はいきなり国へ帰りました。その日から人が変わったように感じました。

このころが発症だと思います。

そして、統合失調症としてかなり典型的な症状と経過ですので、

彼のお母さんはどう考えても普通ではないと思って、精神科の予約とって、彼の同意を求めた上、次の日病院へ行って検査を受け、何の問題もないという結果でした。

これは不可解なことです。
何らかの理由で、医師にそれまでの経過の情報が伝わっていなかったのではないでしょうか。

いずれにせよ、一日も早い治療が必要です。この時期には、突然予想もできない激しい行動に出ることもあり、取り返しのつかないことになりかねません。一日も早く治療を受けさせてあげてください。


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