精神科Q&A

【1490】パワハラだという事実無根の密告


Q:  会社の部下の扱い方に苦慮しており、ぜひ先生のアドバイスをいただけたらと相談申し上げます。
わたくしはある外資系メーカーで営業部長を務めており20人ほど部下がいます。そのうちの一人がわたくしに対して大変反抗的で苦慮しています。

わが社は外資系ということもあり、セクハラ、パワハラには大変敏感な会社です。その問題の部下をXと呼びますが、Xは、わたしが部下全員に対してのパワハラを行っているという密告を人事部に対して数度行っています。わたしの言葉に傷ついたというのがXの主張で、Xだけでなく、他の部下もわたしのパワハラに対して悲鳴をあげているとも言っています。人事部から調査が入りますが、パワハラなど事実無根で誰も同調しませんので、それでわたしの立場が危うくなるわけではありませんが、仲間を募ったりと組織の転覆をはかったりと営業部の雰囲気はきわめて悪化しています。彼がなぜそのような密告を行うかというと、それはわたしから指示や指導を受けることへの拒否と反撃です。

わたしとしては、こんな言われもない密告をするようなXを営業部から放出してしまいたいのですが、実はそう簡単に行きません。わたしの上司の営業本部長AはXとわたしのどちらにも加担するわけではありませんが、一見Xには好意を見せています。というのも営業部でこのようないざこざが起きていることが社長や米国本社に知られるたら自分の立場が危うくなると考え、感情的なXを懐柔しようとしています。Aはわたしに対しても、ことを荒立てずXとうまくやれと言っています。しかし、わたしにはどうやってXとうまくやりながら業務を円滑に遂行できるか、その方法がわかりません。Xの行動の特徴を以下に記してみます。

上位者で自分を評価して肯定してくれる相手に対しては極めて従順な態度を示します。わたしの上司の本部長であるAと同僚の一人Bのみに対してはきわめて素直で協力的です。この二人から指示、依頼されたことは最優先で行われます。またこの二人にはよく相談をし協調的な態度を示します。営業本部内では、AとBこそが、自分の本当の価値を理解してくれていると考えているようです。ただ協力的行為そのものについては、自分自身は、自分を肯定してくれるから自分も協調するという意識ではなく、あくまでもAとBの言うことは正しくそれに同意するから協調するのだ、と考えている節があります。ただAもBも、実際は直接の上司、部下の関係はXとはありませんので(わたしがXの上司)、実際の業務で難しい判断をすることはありませんので意見の違いが顕在化することはあまりないと思われます。意見の差が顕在化するのは、会社での彼の業務の性格上、わたしだけです。

一方彼は、自分が批判されたり、誤りを指摘されることを激しく嫌悪します。
彼は、実はわたしがそのエネルギッシュな営業ぶりを見込んで別事業部からスカウトしてきた部下です。最初は自信満々で積極的に仕事に打ち込んでいましたが、やはり慣れない商売で間違いも多いのです。上司や同僚が肯定的な態度であるうちは上機嫌ですが、仕事の進め方が間違っているなどと上司であるわたしから指導されたりすると、しばしば感情的に激しく抵抗し、時には業務放棄も辞さない。「俺の言うとおりにさせてくれないなら、俺は降りる」などという発言もでる。報告相談をすればするほど、余計批判を浴びて自分が好きなようにさせてくれないのではないか、という恐怖感を持っているかのようです。誤りを指摘したり、自分の意に沿わない指示をする上司に対しては、報告や相談を行わなくなり、独断でものごとを進めるようになります。 上司であるわたしは、自分の本当の価値をわかっていないと考えていると思われます。

本人には上司に無断で物事を進めるのは会社組織の中で良くないことであるという認識はあります。以前取引先から来た出向社員の管理を数ヶ月お願いした時期があり、その場合、部下とか後輩に対しては、わりと厳しく管理を行い、相談なく独断でものごとを進める部下は許しません。一方、自分については、「自分が正しいことを行おうとしているのを、上司が理解できず止める以上、こうするしかない」、とむしろ正義感に燃え、それは自分の場合は正当化される、と信じていると思われます。AやBにはいろんなことをよく相談しています。 AやBから見ると、わたしに対する態度との落差はおそらく信じがたいものかと思われます。

同僚に対しては、自分のほうが立場が上であると認めた場合は、自分の結論を伝え従うように求めます。しばしば同僚や(時には上司)の職分に踏み込んで、勝手な発言をしたり、アクションをとったりします。本当はそんなことはしたくはないのだ、、と口では言いますが・・・。それでもそうする理由は問われると、同僚が力不足で充分機能していないから、自分が助けてあげているのだという答えになります。

陰口とか告げ口という方法を常態的に使用します。上司や同僚でも自分を批判したり、意に沿わない考えを持つものには攻撃の手段を選ばない傾向があります。ただそれも、本人としては、やむにやまれず致し方なく取った手段であると考え、一般に卑怯な手法も、こと自分については許容されるべき正当なものだと考えているようです。密告を行う場合も、会社を良くするためとか、同僚を守るために、あえて密告も辞さないのだ、と正義感が自分内部にまず醸成されているようです。そのため仲間を募るということにはわりと熱心です。ただそれに乗る仲間はあまりいませんが、同僚ものらりくらりと適当にあわせるので、自分ではみなから同意を得ていると思い込んでいるようです。

会社での規則や決まりごとを遵守するという考えがあまりありません。規則を否定するというのではなく、自分は会社の規則で縛られるような存在ではなく、もっと大きな器であると、たぶん考えています。交通費や接待費の精算の際、あきらかに過大な請求を平気で行ってきて、何度も何度も同じことを注意されます。ただ自分自身は倫理観は高いと信じています。

自分を好いてくれる人からに依頼に対し、一生懸命(時には異常なまで)にその期待に応えようとします。お客さまなどから頼まれると、会社での合意や方針などさておき、まずその期待に応えるのが最優先となります。そのためまた実際に実現できないこともしばしば約束してしまい、それを上司から止められてまた窮地に陥ることがよくあります。ただ自分がしていることは正しいと信じていますので、その場合は、それを止めた上司に対しての強い不満が残ります。

あるお客さまとは短期間で信じられないほど親しくなることがあり、そのお客さまには徹底して仕え、また接待を行うが、結果として通常では到底得られないような極秘情報を持ち出させたり、聞き出したりします。お客の前では、徹底的に下手にでるが、お客様のいない社内などでは、「あの客は俺の奴隷だ」などと豪語したりもします。ただその密接な関係もそう長続きせず、しだいに疎遠になっていくようです。

物事がうまく行かなかったときには、それは自分の責任であると認める気持ちはあるが、その失敗の原因を自分に求め反省、改善するということは本人にとって出来難いもののようです。反省して改善するということは、今までの自分が間違っていたことを自ら認めることになるからと思われます。 確かに失敗はしたが、それは他の要因が絡んだ結果であり、自分自身の仕事に関して言えば、自分以上にうまくは誰もできなかったはずだと考えていると思われます

物事がうまく行ったとき、またそうでなくとも、他人からの賞賛には非常に関心があります。特に経営陣と呼ばれる偉い人たちからの賞賛はかけがえのないものと感じている様子です。
上司を飛び越して、さまざまなインプットを役員レベルに直接入れます。ただ本人は、「自分はきわめて会社にとって重要な仕事をしているのだから、必要に応じて偉い人たちに自ら必要な情報を入れるべきである」と考えているようです。その際しばしば上司への報告は忘れられます。

だいたい、このような部下です。
Xは、果たして何か病といえるような症状なのでしょうか? それともけっこう変わっているという程度なのでしょうか?

わたしとしては、Xと表面的にうまくやるためには、思い通りやらせて肯定して賞賛すれば、関係は簡単に改善することは理解しています。しかし、あいにく彼は決して業務に精通した優秀な部下というわけではないので、すべてを認めれば業務上支障がでます。
さらに彼だけを特別扱いすれば、組織としてけじめがつきません。他の社員から不満がでてくるに決まっています。それとわたしも、Xに対して心にもないお世辞を言うなんて性格上もしたくもありません。実は一時、肯定することも試したのですが、どんどん増長してくるのがわかり、余計ひどい状態になってしまいました。

わたしがどう振舞うべきかよろしくアドバイスお願い申し上げます。


林: 
Xは、果たして何か病といえるような症状なのでしょうか? それともけっこう変わっているという程度なのでしょうか?

Xさんはパーソナリティ障害(人格障害)の範疇に入ると思います。最も考えられるのは自己愛パーソナリティ障害です。
パーソナリティ障害は、「人格(パーソナリティ)の著しい偏り」ですから、それを病気とみなすかどうかは、立場によって異なります。「けっこう変わっている」と言ってしまえばそれまでという考え方もできるでしょう。

けれどもここでのポイントは、病気とみなすかどうかではなく、

わたしがどう振舞うべきか

ということであるのは明らかです。
事実がこのメールの通りだとすれば、組織はがたがたになり、最終的にはXさん本人に利になることさえ何もないでしょう。
 対応としては、境界性パーソナリティ障害 患者・家族を支えた実例集 のケース22「口八丁の社員」とその解説が参考になると思います。
さきほど申し上げたように、Xさんの診断として最も考えられるのは自己愛パーソナリティ障害ですが、自己愛パーソナリティ障害は境界性パーソナリティ障害とかなり重なる部分があり(現在、診断基準上は別のものとなっていますが、だからといって両者が全く独立した障害であると考えられているわけではありません。むしろ近縁のものであるとする見解が優勢です)、したがって境界性パーソナリティ障害の人への対応法は、このXさんにも適用可能と考えられます。それはひとことで言うと、「全員の対応を統一する」ということです。メールにも書かれているように(また、上記ケース22もそうですが)、Xさんは相手によって真偽とりまぜた内容を言葉巧みに語ることによって、状況を自分の利になるように操作し、その結果組織内の人間関係ががたがたになりつつあります。このような場合、周囲の人々全員が(文字通り全員です)、いわばチームを組み、情報は共有し、Xさんに対しては統一した対応を取るのが適切な方法になります。これをボーダーライン・シフトと呼ぶこともあります。(シフトという言葉は、いかにも敵対するようで好ましくないのですが、わかりやすい言葉であることは否めませんのでここに紹介しました)


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