精神科Q&A

 【1347】認知症によるせん妄と診断された81歳の父


Q私(30代女性)の81歳の父についてご質問いたします。

 父は病気という病気をしたことがなく、80歳まで健康そのものでしたが、昨年1年3ヶ月前に腎臓癌が発見され右腎臓の摘出手術を受けました。術後の経過も良く、2週間ほどで退院することが出来ましたが、なかなか寝付けないということで、入院中から睡眠導入剤(レンドルミン1錠)を服用するようになりました。

 退院後傷の痛みを訴えることもありましたが、それも日が経つにつれなくなり、また以前のように老人会の集まりにも参加したり、入院によって落ちてしまった体力を回復させるんだと、ウォーキングも再開しました。手術前まで車の運転もしていたのですが、家族の説得で運転を諦めてもらいました。そのため、以前のように思うように外出することが出来なくなり、イライラして家族に当たることも度々ありましたが、その後電動自転車を買い、嬉しそうに乗って歩くようになりました。

 このような落ち着いた状態がしばらく続いていたのですが、「腰がフラフラする、歩けなくなりそうだ」という理由で2度ほど診療時間外に病院へ行きました。検査もしたのですが悪いところは見つからず、先生からデパスを飲むよう言われました。

 父が精神的に不安定になったのは、1ヶ月ほど前からのように思います。腹が張る(40代より腹の調子の悪さを訴えているが、検査では原因が分からず)と言っては下剤を大量に飲み、便が出たにもかかわらず、便が出ないと言ってはまた下剤を飲み粗相をするようになりました。時々、「みんなが自分の言うことに反対する」と泣いたり、「死んでしまいたい」というようになりましたが、今までのように出かけられなくなったり、思うように体が言うことをきかなくなったためのストレスのせいだと思いました。またこの頃から何か注意をすると、「分からない」とか「頭がおかしくなってしまった」と答えて逃げるようになってしまったり、「ご飯を食べたかな」と聞くようにもなりましたが毎日ではなかったため、それほど気にもとめませんでした。

 本当におかしくなってしまったのではと思ったのは、今月のある日からです。夜中に家族を起こし、「今まで世話になった」と言ったり、親戚にも同様の電話をするようになったのです。身体的にも、歩けないと言ってキャスター付きの椅子で家の中を移動して歩くようになりました。しかし、歩けないのは家族がいる前だけで、夜中などは歩いてトイレにも行けるのです。家族としてはどこまでが本当なのか戸惑うばかりでした。「気力が無くなった、力が出ない、もう死んでしまう、歩けなくなりそうだ、腰がフラフラする」といった理由で「救急車を呼んでくれ」というようになりました。「悪いところはどこもないって言われたでしょ」と言っても全く聞き入れません。

 その3日後には朝から様子がおかしく、「救急車を呼んでくれ」と言いその日は病院に予約が入っている日だったので、「今日病院に行く日だから」と話しをすると、自分で受話器を取り電話をしようとしました。それを止め「どこがどんな風に悪いの?」と聞くと、「全部。気力がない。」と言いベッドに倒れ込んでしまいました。その後、急にテレビの音量を上げ、驚きテレビを消しに行くとベッドに寝ていて目を瞑り知らんふり。話し掛けても無視。しばらくしてリビングに出てきたかと思うと、急に人の方へ倒れ込んできました。話しをするときも目を閉じたまま、四つんばいで這って歩くその様はわざとやっているように見えたのですが、いつもとは違う奇妙な行動に、見ていた家族は恐怖を感じ、ただごとではないと思いました。病院で診察を受けたところ、うつ病ではないかと言われ専門の病院での受診をすすめられました。

 翌日は前日とはうってかわって、父の様子は依然と全く変わらず、前日の行動を詫びていました。

 その後2日間は気分の落ち込みはあるものの特別異常な行動は見られませんでした。

 翌日は、心療内科のある病院に行き、診察を受けました。認知症の長谷川式のテストを受け、30点中18点で軽い認知症及びうつ病と言われました。レンドルミンは服用を中止し、テトラミドを処方されました。また、家族の前だと歩けないと言う状態は、ヒステリー症状と言われました。

 その次の日、異常な行動が朝からみられました。「救急車を呼んでくれ」と言い、目を離した隙に自分で119番しうまく伝えられない為か、「火事だ」と言っていました。その後「自殺するよ」と叫び、イヤホンのコードを首に巻いていました。部屋中に水を撒いたり、「殺してくれ」と言ったりしました。

 さらにその翌日、次に挙げるような事を口にしました。「死にたい」「みんなが私のことを殺してしまった」「もう死ぬ、さようなら」「そんなに憎いのか、憎かったら殺せ」「死亡届をだして。」また、食事もほとんどとらず、トイレにも行かず、目も開けず、歩けなくなりました。

 薬が効くには2週間はかかると言われたのですが、あまりの異常な行動に家族が不安を覚え次の日に病院へ連れて行きました。この日は朝から一人でシャワーも浴び比較的落ち着いていました。前日の自分の行動について尋ねると次のように答えました。「自分は二回死んでいた。夢を見ていた。頭はスッキリというかはっきりしていた。自分は死んで胴体だけになっていて、手足が冷たくなっていた。」と言い前日の行動を認識しているようでした。病院で入院を勧められ本人も納得して、入院することになりました。なお、数日前に行ったCT検査の結果は異常が無く、血管にも異常はないとのことでした。

 翌日、朝早くに父から電話があり、「よく眠れた」と言っていたのが1時間もしない内に「もう駄目だ、これで最後だ、今すぐ来て」というような内容の電話に変わりました。電話は15分の間に3度もあり、その後全くかかってこなくなった為、父の状態が悪くなったんだろうと思いました。午後面会に行くと思っていたような状態でした。トイレにも行けず、紙パンツは濡れ、紙にはいくつもSOSと書いてあり、部屋のドアには鉛筆で大きくさようならと書かれていました。

 その翌日、これは昨日ですが、面会に行くと主治医の先生が来て、父が看護士さんを襲うような行動をした為、手を拘束していることが伝えられ、精神病ではなくて認知症によるせん妄であるということでした。薬も飲めなくなり、無理に飲ませると肺に入り肺炎を起こす危険があるとも言われました。父の様子を見に行くと、手首を縛られ点滴をしていて今までよりも悪いのが分かりました。話し掛けても反応がまったくなく、時々手が痙攣していました。体や頭を拭いても反応はありませんでした。

 以上が今日までの父の様子です。
 
 大変長くなってしまい申し訳ありません。どうか宜しくお願い致します。


林: 高齢の方では、認知症うつ病の鑑別が難しいことはしばしばあります。この【1347】もその一例といえるでしょう。つまり、結論から先に申し上げますと、これは「認知症」か「せん妄」か「うつ病」か、判断は困難だということです。

経過を追ってみますと、

腎臓の手術後(どのくらい後かという情報が本当はほしいところです。ここでは一応2,3ヶ月後と仮定して話しを進めます)に出てきたこの症状、

腹が張る(40代より腹の調子の悪さを訴えているが、検査では原因が分からず)と言っては下剤を大量に飲み、便が出たにもかかわらず、便が出ないと言ってはまた下剤を飲み粗相をするようになりました。時々、「みんなが自分の言うことに反対する」と泣いたり、「死んでしまいたい」というようになりましたが、今までのように出かけられなくなったり、思うように体が言うことをきかなくなったためのストレスのせいだと思いました。またこの頃から何か注意をすると、「分からない」とか「頭がおかしくなってしまった」と答えて逃げるようになってしまったり、「ご飯を食べたかな」と聞くようにもなりましたが毎日ではなかったため、それほど気にもとめませんでした。

これは、うつ病の始まりでもあり得ますし、認知症の始まりでもあり得ます。あえてどちらの可能性が高いかといわれれば、うつ病でしょう。
 そのあとの症状をみても、この判断(どちらもあり得るという判断も含め)は変わりません。したがって、

病院で診察を受けたところ、うつ病ではないかと言われ専門の病院での受診をすすめられました。

これは妥当なアドバイスと言えます。

 翌日は前日とはうってかわって、父の様子は依然と全く変わらず、前日の行動を詫びていました。

 その後2日間は気分の落ち込みはあるものの特別異常な行動は見られませんでした。


上のような経過からも、まだ診断はつきません。ただここに書かれている「気分の落ち込み」の具体的な情報がほしいところです。(いかなる場合も、このように症状名だけが書かれていた場合は、ほとんど何の判断材料にもならないものです)

 翌日は、心療内科のある病院に行き、診察を受けました。認知症の長谷川式のテストを受け、30点中18点で軽い認知症及びうつ病と言われました。レンドルミンは服用を中止し、テトラミドを処方されました。また、家族の前だと歩けないと言う状態は、ヒステリー症状と言われました。

これはやや不可解です。長谷川式のテストで、軽い認知症とうつ病の区別をすることは出来ないからです。「軽い認知症の可能性もあれば、うつ病の可能性もある」と言われたのではないでしょうか。しかし、テトラミドの処方は妥当でしょう。また、うつ病でも認知症でも、一見するとヒステリーにみえる症状はしばしばありますので、「ヒステリー症状と言われました」というのは、「ヒステリー」と言われたのか、それともうつ病あるいは認知症の一症状として「ヒステリーに見える症状」と言われたのかが、実は大きな違いです。

そのあとの症状は、内容そのものはうつ病らしいものですが、変動が著しい点はせん妄らしいと言えます。すなわち、やはりここでもうつ病かせん妄かはわかりません。また、せん妄の原因として認知症があるかどうかは何ともいえません。しかし、CTで異常が認められなかったとなると、認知症であるとする根拠がないことになります。(認知症でもCTで異常が認められないことはあり得ます。但し、この【1347】では、よく読みますと、認知症と診断する根拠が厳密にはあまりないと言わざるを得ません)

そして現在の状態ですが、

父の様子を見に行くと、手首を縛られ点滴をしていて今までよりも悪いのが分かりました。話し掛けても反応がまったくなく、時々手が痙攣していました。体や頭を拭いても反応はありませんでした。

高齢の方がこのような状態になった場合、何か身体的な原因があるとまずは考えるべきです。病院では当然その検査は行ったと考えられますので、その説明がないということは、特に身体的な原因は見当たらないということだと思います。だとすると、直前の状態からみて、これはうつ病による昏迷と判断するのが適切であると私は考えます。冒頭で申し上げたように、確信は持てません。しかし、うつ病による昏迷であるとすれば、今なら治療法があります。それは電気けいれん療法です。「今なら」という意味は、もしこのまま様子を見ていて、身体的な合併症が出てきて重篤になれば、電気けいれん療法は不可能(というより、いかなる治療も不可能)になるからです。【0865】などもご参照ください。
ただしこの判断は、あくまでもメールに書かれている情報だけに基づいたものです。実際にはすでに合併症がゼロということはないでしょう。したがって、最適な方針は主治医の先生以外にはたてられないところではあります。


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