精神科Q&A

 【1345】アスペルガーかと思っていたのですが、前頭葉に損傷が見つかりました


Q: 33歳の夫のことについて質問させていただきます。

高校生までは勉強もでき進学校に通ったそうですが、10代の後半頃から
 ・勉強に集中できず学習の計画もたてられない
 ・やることがあってもゲームに没頭してしまい結局やれないで終わる
 ・指示が抽象的だとどう動いていいかわからない
 ・電話の用件を要約して伝言できない
 ・仕事でわからないことがあっても人に聞けず結局何もできない
 ・教えられたことをすぐ忘れ同じ失敗を繰り返す
などがあり、本人は悩んでいたようですが、そのままの状態で21歳から11年間公務員をしてきました。
毎日のように上司にしかられ失敗も多く仕事がいやになり、先日とうとう思いつめて病院の物忘れ外来を受診しましたところ、MRI上で前頭葉に損傷があるといわれ「前頭葉機能障害」と診断されました。
ネットやテレビで見て、アスペルガー症候群ではないかと思っていたのですが、脳に損傷があるのは明らかなので、症状は同じだが発達障害ではないと医師からいわれました。

ただし、本人には事故にあった過去がないとのこと、夫の母からもそのようなことは聞いていません。医師には、それであれば原因ははっきりしないが、胎児のころに何かあったのかもしれないと言われました。

診断されてからいろいろと文献を調べましたが、症状としてはいわゆる「高次脳機能障害」にあてはまるけれど、もし先天性や周産期の脳損傷が原因の場合は除外すると書いてありました。

(1)夫の場合はやはり「高次脳機能障害」にはあてはまらないのでしょうか。
(2)もう原因を特定することは困難でしょうか。
(3)症状は同じで、現に前頭葉に損傷があるということなので、今後の対処法や日頃の本人・家族の生活上の注意等は「高次脳機能障害」の文献等を参考にしてよいのでしょうか。
(4)今後この障害のために手帳を取得したほうがよいようになった場合、「高次脳機能障害」という診断名でなくても対象になるのでしょうか。

お忙しいことと存じますが、他のQ&Aを見ても同じようなケースがなく、思い切ってメールしました。どうぞよろしくお願いいたします。


林: この方に見られる症状は、前頭葉に損傷がある場合に比較的よくみられるもので、したがってMRIの所見と一致しています。症状だけを見れば、確かにアスペルガーなどと似ている点はありますが、

ネットやテレビで見て、アスペルガー症候群ではないかと思っていたのですが、脳に損傷があるのは明らかなので、症状は同じだが発達障害ではないと医師からいわれました。

この説明の通りで、これは前頭葉損傷による器質性の症状であり、アスペルガーなどの発達障害とは異なります。
すると次に問題となるのは前頭葉損傷の原因ですが、

ただし、本人には事故にあった過去がないとのこと、夫の母からもそのようなことは聞いていません。

そうなると原因は不明と言わざるを得ません。したがって、

医師には、それであれば原因ははっきりしないが、胎児のころに何かあったのかもしれないと言われました。

そのように推定するしかないでしょう。
(もっとも、MRIの所見から、原因がある程度まで推定できる場合もあります。もしMRIを公表しても差し支えないとお考えでしたら、添付ファイルで画像をお送りいただければ私が判断を試みます)

一応ここでは胎児のころか出生直後ころに脳損傷の原因となる何らかの出来事があったと仮定します。

次に気にかかるのは福祉などからの援助が受けられるかどうかということになりますが、

診断されてからいろいろと文献を調べましたが、症状としてはいわゆる「高次脳機能障害」にあてはまるけれど、もし先天性や周産期の脳損傷が原因の場合は除外すると書いてありました。

そのように除外するのは一般的ではありますが、この【1345】のケースの症状は高次脳機能障害で間違いなく、また、前頭葉にはっきりとした損傷が存在するわけですから、症状のメカニズムも高次脳機能障害と同一です。

そもそも高次脳機能障害とは、学術的には昔からある言葉ですが、最近は支援対策を推進する意味から行政的な言葉としても用いられるようになり(その結果、一般にも比較的よく知られるようになったのですが)、現在では学術的な使い方と行政的な使い方で意味が若干異なり、混乱している状況が生まれています。ですから、何が高次機能障害にあたり、何があたらないかは、明確に言うことは難しく、また、将来は変わってくる可能性もあります。
以上を前提にご質問にお答えしますと、

(1)夫の場合はやはり「高次脳機能障害」にはあてはまらないのでしょうか。

上の説明の通りで、言葉の使い方によります。
しかし繰り返しますが、実際に見られる症状も、その症状のメカニズムも、前頭葉損傷による高次脳機能障害と同一ですので、これを「高次脳機能障害でない」というのは、いわゆる屁理屈の範疇に入ると言うべきでしょう。


(2)もう原因を特定することは困難でしょうか。

困難ですが、方法としては、MRIの再確認と、これまでの生活で本当に脳損傷になるような出来事がなかったか(非常に軽い打撲でも、脳損傷にならないとは言い切れません。きわめて稀ではありますが)を再確認することが勧められます。
が、既に専門の医師がわからないと判定している以上、おそらく今後原因がはっきりとわかることはないと思われます。


(3)症状は同じで、現に前頭葉に損傷があるということなので、今後の対処法や日頃の本人・家族の生活上の注意等は「高次脳機能障害」の文献等を参考にしてよいのでしょうか。

その通りです。大いに参考になるはずです。特に前頭葉障害についての情報が役に立つと思います。


(4)今後この障害のために手帳を取得したほうがよいようになった場合、「高次脳機能障害」という診断名でなくても対象になるのでしょうか。

おそらく私がこのケースの手帳申請のための診断書を書くとすれば、「幼少時の脳損傷が原因によると思われる高次脳機能障害」と書くでしょう。損傷があることは確実で、しかしその時期が不明なわけですから、診断書となればご本人に有利な形に書くのはごく自然です。(損傷が胎児の時に発生したという推定と、幼少時に発生したという推定の、どちらがより正しそうかという判断は不可能ですので、この書き方が自然ということになります。もし胎児の時に発生した可能性のほうが高いと推定する何らかの根拠があれば、「幼少時の脳損傷」と書くのは不正になりますが)

おそらく担当の先生もそのように書いてくださると思いますので、高次脳機能障害による申請が可能になるでしょう。

しかしもしその書き方をしないとしても、「脳器質性精神障害」であることは間違いありませんので、「脳器質性精神障害」という診断名で申請すれば、全く問題はありません。


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