精神科Q&A

 【1288】境界性人格障害の回復について


Q:  私は二十代の女性です。
境界性人格障害は治るのか?治ったと判断するのはどんな時か?ということを知りたく、メール致しました。
私は20歳の頃、自分の将来、進路、これまでの人生、過去にあった衝撃的な出来事について悩むようになりました。いつも不安で、生きることに何の希望も見出せず、ふとしたことで涙がポロポロと流れてくる状態でした。
無気力なのに気持ちばかりが焦って、就職しなければいけない、勉強しなければいけないと考えがむしゃらに勉強したりしていました。
自分が怠け者で社会不適合な人間だと思い、家族に対して申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
この追い立てられるような不安からの解放は、自殺だけなんだろうな、と考えるようになった頃、心配した父親に精神科を受診する様にすすめられ、受診したところうつ状態であると診断されました。
デプロメール、ワイパックス、コントミンを処方されたように思います。
結局、学業や就職については放り出した状態で、鬱だから無理をしない方が良いと自分に言い訳をして過ごしていました。
当初は心配してくれていた家族も、ダラダラと家にいる時間の長い私に対して、「やる気を出せ」「いつまでも甘えては駄目だ」「怠け病だ」「鬱っぽい気質は祖母と同じだから、病気ではない」と言うようになりました。
その言葉に傷ついたり、私自身も興奮して家族の傷つく事を言ったりと、家で静養することがかえって精神的に疲労(私も家族も)するような状況を作り出して行った様で、次第に私の行為はエスカレートして、言い合いの後に大量服薬した所を発見されて入院したり、腕や足を何針も縫うほどの自傷行為をするようになりました。

精神疾患の本を読み、「鬱状態だけど、うつ病と言うよりも人格障害なのでは?その一つの症状が鬱状態なのでは?」と考え、他の医師ののもとで診察していただいた所「境界性人格障害である」と診断されました。その後、こちらの医師を主治医として境界性人格障害の治療をすすめていきました。

ルボックス、不安時にデパス、レンドルミンを処方していただき二週間に一度一時間ほどじっくりと話を聞いていただく中で、自分なりに考え、感情を抑え、人に合わせていくことが不器用ながらも出来る様になりました。その後、「家族とは距離があるほうが良い」という主治医の助言もあり、親元を離れて生活し、学業を再開して三年が経過、来春から社会人となります。
主治医の先生が、学業を再開して一年が経ち、生活が軌道に乗った頃に
「まずは卒業まで。次は一つの職場で五年。残りの学生と、社会人で五年頑張ったら、あなたの病気は治ったといえると思います。色々辛いことがあっても、乗り越えて継続することが出来たら、不安定さはなくなったと判断してもいいでしょう」
と先生がおっしゃったことがありました。私が「八年ですか、そこまで頑張りきれるでしょうか」と聞くと、「普通に暮らせるようになることが大事。五年勤めたらきっと治ってるよ」とおっしゃって下さいました。
主治医の先生のおっしゃることはもっともだと思い、学生生活は家族や友人の力を借りて乗り越えることができ、少しずつ自分の中に余裕が出来て、二十歳の頃から感じ始めた無気力さや不安にとらわれる事も少なくなってきました。

今年に入って、主治医の先生が御病気でお亡くなりになり、私はもうその先生の治療を受けることが出来ません。新しい主治医の先生は「元気そうだし、人格障害は周りと問題なく生活が出来ていれば、それで大丈夫だと思う」と仰っていますが、
亡くなった元主治医の先生の言葉を思い出すと、まだまだ先は長いのか?と思ったりします。

そこで質問なのですが、人格障害が治ったと判断するのはどのような時でしょうか?治ったとするのは、人格の偏りが修正された時でしょうか?
元主治医の先生が行った治療は、薬物療法ではなく私の考えや生活の背景を聞き、助言をすること、主に生活の指導でした。今思うと、この助言と指導が私の性格(人格?)を少しずつ変えていったのでは無いかと思います。


林: あなたの診断は、境界性人格障害で間違いないと思います。そして、治療の効果があがり、現在はほぼ回復しています。

「元気そうだし、人格障害は周りと問題なく生活が出来ていれば、それで大丈夫だと思う」

新しい主治医の先生の、この言葉の通りです。

長く治療を受けておられた主治医の先生がお亡くなりになったことは、本当に残念なことでした。
が、あなたが回復していると私が判断する大きな理由は、まさにそれにかかわることです。すなわち、ここまで治療を受けていた主治医の先生との別れに際しても、あなたの症状が悪化しなかったこと、このことが、あなたが回復していると判断する最大の根拠です。

境界性人格障害の人の大きな(おそらく、最も大きな)特徴として、見捨てられ不安があります。自分は見捨てられるのではないか。目の前にいるこの人は、今は自分を助けてくれるけれど、結局は見捨てるのではないか。そういう不安です。そして人のちょっとした言動から、「やっぱりこの人も自分を見捨てるんだ」と確信し、感情が大きく乱れるのが、境界性人格障害の中核ともいえる症状です。
これは、特に自分が頼りにしている人との間に発生します。友人、家族、そして主治医などです。主治医との関係についていえば、ちょっとした言葉や、診療時間の遅れや休診、転勤による主治医の交代などが、見捨てられ不安を急激に増大させるきっかけになることがしばしばあります。
ですから逆に、そのような場面に直面しても落ち着いていられるようであれば、境界性人格障害の中核症状がかなり改善しているといえます。
もっとも、主治医の他界というこの【1288】は非常に特殊なケースであり、通常とは状況がかなり異なります。また、そのときに決して落ち着いていられたわけではないことも想像されます。けれども、そうしたことすべてを考えにいれても、こうして冷静にメールをお書きになれるということは、状況から距離をおいてを客観的に見つめることが出来ていると判断できます。
境界性人格障害をはじめとする人格障害は、性格(人格)に根づいたものですから、主観的には症状が文字通り完全にゼロにはなりにくいものです。つまり、空虚感や自己不全感(この方は「無気力や不安」と表現されています)は、ゼロにはならないかもしれません。しかし、そうした主観的な症状は、人格障害でない人の悩みと、結局は区別が困難なものです。ですから先にも述べたとおり、

人格障害は周りと問題なく生活が出来ていれば、それで大丈夫

ということがおおむねは言えるのです。

別れを乗り越えたあなたは、これからは人格障害であることをことさら意識せずに生きてください。



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