精神科Q&A

【1268】故国でうつ病の治療を開始して3ヶ月たちました。この時点で帰国していいものでしょうか


Q:   妻(30歳)のうつ病についてご相談したく思います。私はもうすぐ38歳の眼科医です。職業柄、臨床心理学や精神医学も少しかじっておりますが、付け焼刃以外の何ものでもないことは重々承知しております。

妻の抑うつ状態の本格的な現れは4ヶ月前でした。
その2週間ほど後に妻の誕生日があったのですが、どんな形であれ祝わせてもくれない精神状態でした。友人たちからの誘いもすべて断っていました。
カウンセリングにも行ってもらったのですが、彼女の心はほぐれなかったようです。

それから2週間ほどたつと、消えてしまいたいといった言葉や希死念慮が目立つようになりました。私たちの間には3歳の娘がおりますので、自殺企図には至らなかったものと思っています。

まもなく自殺念慮が強くなってまいりましたので、もうこれは自分の付け焼刃の心理学的知識などでは対応できないと思い、精神科への受診を勧めました。
それまでは認知療法の知識を使って楽な生き方ができるようにと援助をしたつもりでした。
その日、私が仕事から帰ると、彼女は娘を置いて家を出ていました。
幸い、ほどなく戻ってはきましたが、問題の根本的な解決には至らないままです。私も強い抑うつ状態になり、カウンセリングを受けに行ったりもしました。

それ以後3週間、何とか過ごしましたが、お互いに抑うつ状態も強く、何らかの解決に至ったわけではありません。話し合いをしていると、私がパニック状態になって泣き叫ぶようなこともありました。彼女のほうは声を荒げるのではなく、さめざめと泣き沈むような感じです。

そして彼女は息子を連れて実家に帰りました。これはお互い合意の上で、私もそのときはそうすべきと思っていました。それから家族は再会せず、もう2ヶ月になります。

妻の実家というのは韓国です。私は日本で生まれ育った在日韓国人で、彼女は韓国で生まれ育った韓国人です。私との結婚を機に、来日したのです。日本語は堪能になりましたが、日本という国、社会そのものにはなじめていなかったようです。

うつ病の要因として、素因のほかに環境要因もあると思います。
家族やこれまでの友人と離れ、違った生活習慣や社会環境の中で生きていくことは、彼女にとってとてもストレスフルなことだったようです。抑うつ状態が強くなってきてからは、そんな言動が目立つようになりました。来日することがなければ、彼女もうつ病にはならなかったのではないかと思ったりもします。実際に、結婚して日本に来てから私は違う人間になってしまったとも言われました。

韓国に戻ってから、彼女は精神科への通院をはじめたようです。そこでの治療過程は、うつ病への対処として問題がないように思います。よく話も聞いてくれるようですし、そこでの治療には心配がありません。ただ、症状としては一進一退のようです。

いま通っている精神科の主治医からは、3ヶ月は毎週通院しながら経過をみる必要があると聞いています(伝聞ですが)。彼女はその期間が終わればこちらに戻ってくる想いが強いようです。私が感じるところでは、ここでの生活に対する恋しさではなく、彼女の義務感から生じている想いの様に思われます。

ここでご相談申し上げたいのは、治療開始3ヶ月で彼女が日本に戻ってくることが適切かどうかです。
うつ病の再発、というより遷延につながりはしないかとの不安が私も妻もともにあります。
そして、自殺企図に至ったりしたらどうなるだろうかとの恐怖もあります。

子供のことが気がかりではありますが、彼女のうつ病のことを考えると、こちらに戻ってくるべきだ、とは私には思えないのです。
こちらの環境が、彼女のうつ病からの回復を支援できる環境ではないように思うからです。
血のつながった家族、生まれ育った母国での療養を続けるべきでしょうか?
母国での療養にはかなわないように思うのです。私との関係、私の家族との関係、日本での生活習慣など・・・。

もうひとつの大きな問題としては、私がすでに妻に対して男女間の愛情を持っていないことです。だからこそ妻がうつ病の発症に至ったのかもしれないとも思います。
子供がありながらのこの体たらくには、私は恥ずかしい想いでいっぱいです。

以上のことはすなわち、治療によって妻のうつ病が緩解しても、再発を生じさせやしないかという不安につながります。

とりとめがなく書き連ねてまいりましたが、よろしくお願いしたく存じます。


林: うつ病の治療ということだけを考えたら、奥様は韓国にもうしばらくいらしたほうがいいでしょう。おそらくそれは人から言われるまでもなく、あなたも感じておられることと思います。

それでもあなたがこうして質問しておられる理由は、あえてメールには書かれてはいませんが、日本に帰国しないことによるご家族の崩壊をおそれておられるのではないでしょうか。

つまり、メールに明記されているあなたのご心配は、「日本に戻ることが、うつ病のためによくないのではないか」に集中していますが、全体のトーンなどからは、「しかし日本に戻らない場合、一体どうなるか」も、同等かそれ以上に大きなご心配になっているように思えます。

だとすると、これは短いメールだけの情報からはとてもお答えできない問題です。

そもそも、韓国の主治医の先生が、3ヶ月で帰国してよろしいとおっしゃっているかどうかという問題もあります。

したがいまして、あなたと奥様が、また、あなたと主治医の先生が、さらにできればあなたと奥様と主治医の三者で、今後の方針についてよく話し合う必要があると思います。

「病気を治療する」とひとことでいいますが、それは本当は「病気の人を治療する」ということです。つまり、病気そのものが治っても、その結果として、その人が幸せになるのでなければ、治療にはあまり意味がありません。この【1268】は、特にこのことをよく考えなければならないケースといえそうです。

うつ病は、治ります。けれどもこの【1268】では、単にうつ病を治す最善の環境を求めることより、はるかに深く大きい問題を考えなければならないように思えます。


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