精神科Q&A

 【1225】抗うつ薬について誤解を与えるサイトを規制できないのでしょうか


Q私は30代女です。私は以前うつ病を患っていたのですが、幸い良い先生にめぐりあい、処方していただいた抗うつ薬がとてもよく効き、今は当時の苦しみが嘘だったかのように明るく前向きに生活しております。

その頃に林先生のサイトを知り、以後、毎月訪問させていただいております。ところがネットには、林先生のサイトのようにためになるものとは反対に、誤った情報が大量に存在し、このままではインターネット性悪説が強くなるのではと憂慮しております。たとえば私が最近知ったサイト<URLは省略>は、抗うつ薬について、自殺を助長するだけだとか、それどころか犯罪を誘発するとんでもない「悪の薬」であるかのように書かれています。

抗うつ薬も薬である以上、副作用はあるでしょう。間違った使い方をされれば悪影響は発生するでしょう。犯罪が誘発されることが、仮にあったとしても、それは間違った使い方をされたためではないでしょうか。また、上記のサイトには「自殺した人の服薬歴をみると、抗うつ薬を飲んでいた人が圧倒的に多い」と書かれているのですが、うつ病の人はそもそも自殺をしやすいわけですから、自殺した人が抗うつ薬を飲んでいたからといっても、その自殺はうつ病によるものかもしれないわけで、抗うつ薬によるとは言えないはずだと思うのですがどうでしょうか。

先に申しましたように、私は抗うつ薬で救われた人間の一人です。うつ病はとても苦しいということはとてもよくわかっています。だから、一人でも多くの方が、抗うつ薬で救われることを心から願っています。でも、あのようなサイトがあると、皆さんが抗うつ薬を飲むことをためらい、抗うつ薬にも、うつ病にも、新たな偏見が強まっていくのではないかと心配です。そしてそれはうつ病の人々の命にもかかわることです。多くの人々の命を救うためにも、あのようなサイトは何か公的な方法で規制すべきだと私は強く思うのですが、林先生はどう思われますでしょうか。


林: あなたのおっしゃることは、最後の一文と、そのほかごく一部を除き実にもっともだと思います。ですから、ここには「もっともでない」部分のみにつき回答することに致します。

犯罪が誘発されることが、仮にあったとしても、それは間違った使い方をされたためではないでしょうか。

これは微妙なところです。抗うつ薬で犯罪が誘発された実例は、私のサイトの中にも【0581】【0900】があります。この【0581】、【0900】に関していえば、あるいは抗うつ薬の使い方がまずかったと言えるかもしれませんが、一般論としては、このような副作用はなかなか予期できないものですので、必ずしも「間違った使い方をされた」ときに限って犯罪が誘発されるとは言い切れないでしょう。但し、当然のことですが、そのような事態が発生する可能性は、抗うつ薬が正しく使われている限り、無視し得るほどきわめて小さいとは言えます。しかしいかに正しく使われても、ゼロにすることは出来ません。

上記のサイトには「自殺した人の服薬歴をみると、抗うつ薬を飲んでいた人が圧倒的に多い」と書かれているのですが、うつ病の人はそもそも自殺をしやすいわけですから、自殺した人が抗うつ薬を飲んでいたからといっても、その自殺はうつ病によるものかもしれないわけで、抗うつ薬によるとは言えないはずだと思うのですが

それは確かにあなたのおっしゃる通りなのですが、(そのサイトにどう書かれていたかはともかくとして)、抗うつ薬で自殺が助長されることがあるか否かは、約半世紀前から議論されている問題です。つまり、うつ病による自殺以外に、抗うつ薬による自殺というものがある可能性があるのです。これに関する論文は大量にありますが、ごく最近発表されたデータによりますと、18歳までは、抗うつ薬を処方するとかえって自殺が増える、24歳までではどちらともいえない、それより上の年齢では、抗うつ薬は自殺を防止する効果があるという結論です。
もちろんこれは「最近発表された結論」にすぎず、将来は変化するかもしれません。
ただここで私の見解を申し上げますと、若い年齢では抗うつ薬によるプラスがはっきり現われないのは、うつ病ではなく擬態うつ病に処方されているケースが多いためだと思っています。おそらく、うつ病の診療経験が十分にある多くの精神科医が(擬態うつ病という名前への賛否は別として)、同じような見解を持っていると私は思います。

多くの人々の命を救うためにも、あのようなサイトは何か公的な方法で規制すべきだと私は強く思うのですが

これには賛成できません。誤った情報が流布することの悪より、情報を規制することの悪の方が大きいと私は考えるからです。そもそもどの情報が誤っていてどの情報が正しいか、それを決定することは誰がやっても非常に困難ですから、規制の基準が立てられません。

逆にいえば、はっきり誤りであるとわかる情報なら規制してもいいかもしれません。また、悪意によるものであることが明らかであれば規制することも許容されるかもしれません。 
しかし、そういった情報は、情報を受け取る人々の知恵によって、自然に淘汰されるのが本来あるべき姿でしょう。もっとも、情報を受け取る人々に知恵がなければ、淘汰されるのはそうした人々ということになるかもしれませんが。


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