精神科Q&A

 【1190】私は統合失調症の初期の可能性があると思うのですが、発症を予防するためにはどうしたらいいでしょうか


Q:  私は20代の女性です。統合失調症の予防対策についてアドバイス頂きたくメール致しました。

先週、私は社会不安障害との診断を受けました。でも私としては、統合失調症の初期症状の可能性もあるのではと考えています。
その理由は2つあります。

1つは
私の叔父は人格障害、叔母は統合失調症の患者であることです。
叔母は23歳の時に対人恐怖との診断を受け、その後統合失調症となりました。

2つめは
普段感じていた自分の症状が統合失調症の初期症状に似ていることです。

自分の感じている症状として3つあります。
1つめは
自分がこの場にいないような、自分で自分を空からみているような感覚があることです。
この感覚は、10人程度の人前にでるとおこります。頭が真っ白になって、ものが考えられなくなります。自分では、離人症と言われる症状に近いように思います。

2つめは
人との接触が苦痛なことです。
小さい頃から一人でいることが好きでした。孤独でいることがさみしいという感覚がありません。
他人と話しているとだんだん頭がぼーっとしてきて相手の話がきちんと頭に入ってこない時がしばしばあります。

3つめは
何かしていると突然昔の嫌な記憶がよみがえってくることがあることです。
まるで自分がその場に戻ったかのような感覚になり、叫びださずにはいられなくなります。

先日、診断を受けた病院でも親類に統合失調症の患者がいることは話しました。
今現在、受験勉強中であることもあり、その病院の先生からはとりあえずはということで頓服薬をすすめられました。

ただ、もし予防ができるのであれば、薬の副作用があるにせよ少しでも早く何かの治療を始めたほうがよいようにも思います。

自分なりにいろいろ本を読んでみましたが、この先、どのような方法をとるのがよいのか判断がつきかねています。

ぜひ、アドバイスを頂けたらと思います。よろしくお願い致します。 


林: 非常に難しく、しかし重要なご質問だと思います。
回答は長文になりそうですので、先に結論を申し上げておきますと、
信頼できる精神科の先生に主治医になっていただき、今後、長期にわたってその先生にかかり続けるのが最善だと思います。ご質問にある、薬をいつ飲むべきかについても (そもそも薬を飲むべきかどうかも含め) 、その先生とよく相談してお決めになるべきと思います。
 以下、この結論に至る説明を致します。

現在のあなたが統合失調症とは診断できないことは間違いないでしょう。けれども、あなたがご心配されているように、将来統合失調症になる可能性は、他の人に比べて高いことも確かだと思います。そう判断する理由は、あなたご自身が挙げられている2つ、つまり第一が、統合失調症の発症しやすい家系と思われること、第二が、現在のあなたの症状が、統合失調症とはいえないまでも、単なる社会不安障害とは異なり、精神病の色彩があるといえることです。

あなた自身がご希望されている通り、この段階で統合失調症の発症の予防ができれば、とても有意義なことです。

このテーマについては、20世紀末ころから、世界中で多くの研究調査が行なわれています。このテーマとは、つまり、統合失調症の早期発見・早期治療です。
「統合失調症の早期発見」というのは、文字通りには統合失調症になった人を早期に発見するという意味ですが、この一連の研究には、統合失調症とまでは言えないが、将来発症する確率が高いと思われる人 (たとえばこの【1190】の質問者のような方) を含んでいます。
また、「統合失調症の早期治療」というのは、必ずしも医学的な薬などの治療だけを意味するものではありません。それから、将来発症する可能性の高い人に対して行なうのは、「治療」ではなく、「予防」というべきでしょう。
ですから「早期治療」というより、「早期介入」といった方が正確なのですが、おそらくこのような場合「介入」という言葉は多くの方々にとって違和感があると思われますので、ここでは「早期治療」という言葉を使うことにします。

 この調査研究は、まだまだ発展途上です。
 が、現段階までのデータからの有力な見解は、
早期に治療を開始したほうが、その後の経過は良い
であり、その有効な治療は、少量の非定型抗精神病薬 であるとされています。

但しこれはまだまだ仮の結論です。薬以外に、カウンセリング的治療(主として認知療法)や、食べ物についても、統合失調症の発症の予防に役立つのではないかという仮説のもとに、多くの研究が行なわれています。現段階では、そのような多くの手段の中で、薬だけが唯一有効というのが結論です。なお、この場合の薬は、非定型抗精神病薬だけでなく、意外にもSSRIのような抗うつ薬やリチウムが有効であるというデータも発表されています。
しつこいようですが、念のため繰り返しますが、これらはすべてまだ仮の結論だということです。まだまだ本当に有効な手段が何であるか、仮に薬だとしてもどの薬が有効か、明らかではないのです。今後、膨大な研究が必要とされている分野です。

ところが、「統合失調症の早期発見・早期治療」の研究には、実に多くの障壁があります。「どんな研究を行なえば、本当に有効な治療(ないしは予防)方法が発見できるか」ということを具体的に考えてみると、この障壁はおのずと明らかになります。

研究方法としては、基本的には一つしかありません。つまり、
「発症の可能性が高いと思われる方々(この【1190】の質問者のような方々ということです)に対して、何らかの治療・予防方法を試み、その後の経過を観察する」
という方法です。

他の方法がないことは明らかですが、この方法に伴う困難・障壁はたくさんあります。

第一に、非常に長い年月がかかることです。1年や2年では何もわかりません。最低でも5年、いや5年では本当は足りません。10年単位の経過観察が必要です。そういう研究が極めて難しいことは明らかでしょう。

第二は、倫理的問題です。この問題は多岐に渡っています。

たとえば、治療や予防には、リスクが伴います。薬の副作用がその代表です。予防のために飲むのは少量になりますから、さしあたっては副作用のリスクはあまりないと言えます。けれども長期に渡って飲んだ場合がどうかは、まだわかりません。これはどんな薬を誰が飲む場合にも考慮しなければならないリスクですが、すでに病気が発症しているケースでは、治療しなかった場合のリスクが非常に大きいという判断があれば、薬の長期使用によるまだ生じるか生じないかわからない不確定なリスクは、無視はしないまでも受け入れるという考え方は理にかなったものになるでしょう。しかし、予防のために長期に飲むとなると、そうは行きません。たとえばこの【1190】の方が、将来統合失調症の発症リスクが高いといっても、何の予防もしなくても実際には発症しない可能性もあるわけです。そうすると、飲まなくてもいい薬を長期に渡って飲むことは、副作用のリスクだけを背負うことになります。

また、「発症の可能性が高いと思われる方々に対して、何らかの治療・予防方法を試み、その後の経過を観察する」という研究方法によって、その治療・予防方法が本当に有効だったかどうかをみるためには、発症の可能性が高くないと思われる方々に対しても同じ方法を試み、その二つのグループの統合失調症の発症率を比較しなければ信頼あるデータは得られません。「発症の可能性が高くないと思われる方々」とは、つまり、いわゆる普通の人ということです。そういう人に、長期に渡って薬を飲んでいただくという研究計画は不可能です。ということは、データの信頼性は限られたものになるということになります。

では仮に、「発症の可能性が高いと思われる方々」だけを対象として調査研究をするとしましょう。それでもなお倫理的な問題は残ります。つまり、この場合は、その対象の方々に、「何らかの治療・予防方法を試み、その後の経過を観察する」ことになりますが、その治療・予防方法が本当に有効かどうかを知るためには、「その治療・予防方法をしなかった場合に発症率がどうか」というデータと比較することが必要です。その治療・予防方法が薬であれば、プラセボを飲んだ場合の発症率をみることになります。プラセボとは、本物の薬とそっくりに作った偽薬のことです。そうしますと、この研究のためには、「発症の可能性が高い」のにもかかわらず、効果がないとわかっている治療(つまり、偽薬を飲む)を、長年に渡って、本人は真実を知らないままに延々と続けなければならないことになります。

倫理的な問題は他にもまだまだあるのですが、もう一つだけ挙げておきます。それは、たとえばこの【1190】の方ように、統合失調症発症のリスクが高いことは確かでも、何の治療や予防もしなくても、実際は発症しないことも充分に考えられることです。この【1190】の方は、統合失調症について知識をお持ちだったために、ご自分に発症のリスクがあることを認識されています。けれども、自分に発症のリスクがあることを知らないままに、結局一生発症しない人もいらっしゃるわけです。そういう人々は、むしろリスクがあることなど知らないままの方が幸福であるという考え方も一理あるところです。

というように、統合失調症の早期発見・早期治療の研究にはたくさんの障壁があるため、なかなか進めにくいという現状があるのです。
もちろんこの障壁の多くは、統合失調症以外の病気についても、予防の研究には常につきまとうものです。
 しかし、統合失調症にはやはり特別な問題があると言わざるを得ません。他の病気、たとえば、高血圧の予防のために、あるいはアルツハイマー病の予防のために、ということになれば、上に解説したような研究にボランティアで参加していただける方を一定の数以上集めるのは、容易とは言わないまでも、不可能ではないでしょう。けれども、統合失調症の予防のために、といった場合、どれだけの数の人が賛同するでしょうか。

その一方で、統合失調症の早期発見・早期治療が、医学的にも、また社会的にも非常に重要な問題であることに疑いはないところで、事実、世界中でたくさんの研究が進行中です。参考文献には、その研究と、それからいま私がご説明した問題点についても詳しく書かれています。

 さて、ここからは私の個人的な意見です。
 統合失調症の早期発見・早期治療。その研究は確かに進められていますが、本当に信頼できるデータが将来得られるかという疑問を私は個人的には持っています。理由は上にお書きしたことで、信頼できる厳密な結果を得る研究が不可能に近いのではないかと私は考えるからです。
 また、仮に信頼できる結果が得られるとしても、それはかなり先のことで、現在の研究の進行速度から推定すると、どんなに早くても21世紀後半すぎになると私は予想しています。

 【1190】の質問者の方、また、これを読んでいただいている方々にとって、21世紀後半では遅すぎるのは当然です。そこで、結論としては、この回答の冒頭に戻ることになります。すなわち、信頼できる先生を見つけて、その先生に長期にわたってかかる。薬をいつ飲むか、そもそも飲むか飲まないかも、その先生と相談しながら決める。これが現時点では最善だと私は考えています。

この【1190】との関連として、【2000】から【2078】もご参照ください。(2011.6.5.)


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