精神科Q&A

 【1110】PTSDの原因としてのトラウマが「なかった」とは?


Q: 21歳の医学生です。【1082】の方のように、精神科Q&Aをいわば症例集として、毎月興味深く読ませていただいております。
今日は、PTSDのページの記述について、疑問に感じた点があり、質問させていただくことにしました。その中に、

「本人が原因だと信じていることが全く見当違いだったり、極端な場合はそんな出来事はなかったということもあります」

といった記載がありますが、私の勉強したところでは、PTSDとは、トラウマ体験の生々しい侵入的想起にあり、
「本人が原因と信じていること(=トラウマ)が全く見当違い」というのは矛盾した記載ではないでしょうか。
また、「本人がなんでもないと思っていたことや、忘れてしまっていたことが原因」といった記述につきましても、PTSDがトラウマによって発生するものである以上、荒唐無稽な記載であると私には思えるのですが如何でしょうか。
「極端な場合はそんな出来事はなかったということもあります」についても、同じ理由でおかしいのではないかと思います。
「あった」ということが客観的に証明され発症するのがPTSDというものではないでしょうか。


林: あなたが引用されているPTSDのページの記述をもう一度よくお読みください。この部分はこころの病一般についての記述であって、PTSDだけについての記述ではありません。こころの病では、本人が原因だと信じている出来事は、実は原因でないこともある、時にはそんな出来事自体が存在しなかったこともある、という意味であることが読み取っていただけると思います。
 もっとも、あらためて読み直してみて、この部分は誤解を招くこともあり得ると私も感じました。そこで修正することも考慮したのですが、記述自体に問題はなく、しっかり読んでいただければ誤解はされないと考え、修正はしないことに致しました。

それはそうと、

「あった」ということが客観的に証明され発症するのがPTSDというものではないでしょうか。

それはその通りですが、診断ではなく、本人が主張するところのPTSDでは、本人が言うところのトラウマが、実は存在しなかったということは、必ずしも稀ではありません。これは偽記憶として、トラウマにかかわる臨床では常に問題となっています。また、存在したとしても、記憶が歪曲されていて、事実とは異なっていることもあります。さらには、故意に事実を歪曲して、トラウマであったと主張されることもあります。PTSDのページにもお書きしたように、元々PTSDは訴訟から生まれた概念ですから、事実がどうであったかが争いになるのはこの病気の宿命ともいえるでしょう。【1111】もご参照ください。

もうひとつだけ付け加えますと、

「あった」ということが客観的に証明され発症するのがPTSD

とはいうものの、この「客観的な証明」が、現実には非常に難しいことが多いのです。質問者は医学生とのこと、本ではよく勉強されていると推察しますが、実地では本に何気なく書かれている一行、ときには一語が、きわめて難しく深いことはよくあるのです。これからの臨床実習でよくご体験ください。


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