精神科Q&A

【1054】異国に単身赴任している部下のうつ症状への対処


Q中東の田舎町にある事業投資先(製造業)に駐在している会社員(私は男性38歳)です。単身赴任している私の部下N(男性・35歳)に見られるうつ症状について相談させてください。もしかすると、すでに遅すぎるのかも知れませんが、適切な初期対応をアドバイス頂ければ幸いです。
 人口1万人強、隣町まで車で10時間という陸の孤島の小さな町に日本人3人(私の妻・娘含めて日本人は合計5人。残りは全て現地人。)で駐在しています。当地にはろくな医療機関はありません。当然精神科医もおりません。非常に特殊な生活環境です。私どもは日本の某大会社からの出向社員であり、東京本社には精神科を含めた医療体制が整っております。ですが、会社直轄の医療機関であり、そこに相談することが、部下Nの会社員としてのキャリアに不要な傷を付けることにならないか、また、本社の人事計画を不要に混乱させることにならないか、という漠とした不安もあり、対処に迷っている状態のまままだ連絡を取っておりません。日本に居るNのご家族(妻、3歳長女、1歳長男という家族構成)と話をしてみることも考えましたが、N本人のプライドを傷つけたり、家庭内の問題に介入しすぎたり、といったことを恐れ、そちらにもまだ連絡は取っておりません。

Nの症状についてご説明します。現地人だけでなく日本人とも接触を避ける傾向が最近強く現れ、口数が少なくなってきております。躁状態は見られません。仕事の能率・集中力が落ち、以前には見られなかったようなミスが頻発するようになりました。仕事に力が入っていないことに関しての自覚があります。仕事の量が多く通常は夜10〜11時まで仕事をしていましたが、最近は体調不良を訴え、仕事が完了しないまま早めに帰宅して一人で家で過ごすことが多くなりました。結果仕事が溜まり続けておりそれがまたストレスとなっているようです。普段は大食いですが、ここ最近は一週間以上も下痢が続いているようで、食欲がなく殆ど食べていないようです。明らかに顔色が悪く、現地スタッフにも心配されています。現地のホームドクターに見てもらい、下痢止めの薬を飲み始めましたが、トイレにいく回数が減った程度でまだ回復していない様子です。N本人によれば、睡眠は取れているとのことです。一方、出社が遅くなりがちな傾向が見られます。

現在に至るNの環境の変化についてご説明します。Nは、1年半前に当地に赴任しました。子供が病気がちであることから、当地の医療水準の低さを懸念し、家族を引きとめないまま現在に至っています。もともとそれほど社交的な性格ではないのですが、彼の仕事では、現地社員とのアラビア語でのコミュニケーション、友人としての関係構築が強く求められており、慣れない言葉の問題もあって、大きなストレスをずっと感じていると思われます。当地での生活が好きになれず、それが故に、子供が病気がちであるという問題とは別に、愛する家族に大変な思いをさせたくないという考えから、家族引きとめを躊躇している様子です。仕事を離れても、この小さな町では非常にウェットな社交が不可避な環境であり、よくパーティーなどがあるのですが、N本人はそうした環境を嫌う傾向にあり、一人で過ごすことが多いです。家族と離れて暮らすことを余儀なくされ、現地にもなかなか馴染めないまま、地理的に孤立したウェットな田舎町で、仕事をこなすという責任感だけで孤独な生活を続けており、この環境がじわじわとNの心を蝕んできたと思えます。

ほぼ一ヶ月まえに、本社内での昇進者の発表があり、Nも候補だったのですが、残念ながら昇進は果たせず、大きなショックを受け、これがきっかけとなって、絶望感・虚無感が見られるようになりました。こんなに辛い環境で、家族とも離れて島流しの囚人のような生活をしているのに、責任感を持って頑張っている仕事さえも評価されない、何を心の支えに過ごしていけば良いのか、という思いを強く持ったようです。東京側で対面している部局(彼の昇進評価にも間接的に関わっている)や私に対しても不信感を持ち始めているようで、人間不信に陥っている様子です。ここでは、現地社員との関係構築が大切だと申し上げましたが、昇進を逃して以降は、「自分はこの仕事に向いていない。ここで求められる資質と自分の資質のミスマッチが起きており、これは人事配置の失敗だ。」ということを口にし始めました。慣れない馴染めない中でも、何とか適応しようと頑張ってきた緊張の糸が切れてしまったような気が致します。悩みは大きいが、Nを取り巻く特殊な環境を理解して悩みや愚痴を聞いてあげられる人は居らず(敢えて言えば私が相談相手となるのでしょうが、現地の上司ということでの警戒感もあり、一定の距離を置いている様子)、不満の吐き出し先がなく、それがまた大きなストレスとなっているようです。ちなみに、もう一人の日本人出向社員は27歳の独身女性。年代・性別が違うことや彼女の性格がNと対極でとても社交的であるということから、Nの悩みの相談相手にはなり得ないという状況です。

私自身、うつ病などの心の病気に関する知識が浅く、Nの仕事上のミスについて叱責したり、その前には昇進関連の話で叱咤激励したりしてしまいました。ごく最近に気になり始めて「家庭の医学」のうつ病に関わる項目を読んで、自分がやってしまったことに青ざめてしまいました。

日本から遠く離れて、現地に適切な医療機関がない当地で、家族とも離れて孤立無援のNに対してどのように対処してあげたら良いか分からず困っております。どうか助けてください。


林: 過酷な環境の中で、部下の方がこのような状態になり、大変お悩みのこととお察し申し上げます。けれども、

どうか助けてください。

申し訳ありませんが、私はあなたやNさんを助けることはできません。できるのは事実をお伝えすることだけです。それは以下の通りです:

・ Nさんはうつ病の可能性が強いです。
・ うつ病は、適切な治療を受ければ治ります。
・ 治療を受けなければ、悪い経過・結末が予想されます。それには自殺も含まれます。そしてNさんには自殺の危険性があると思います。

以上がメールから読み取れる事実です。
したがいまして、

東京本社には精神科を含めた医療体制が整っております。ですが、会社直轄の医療機関であり、そこに相談することが、部下Nの会社員としてのキャリアに不要な傷を付けることにならないか、また、本社の人事計画を不要に混乱させることにならないか、という漠とした不安もあり、対処に迷っている状態のまままだ連絡を取っておりません。

そういうことを心配して迷っている場合ではありません。これは命にかかわる状態です。

日本にいるNのご家族(妻、3歳長女、1歳長男という家族構成)と話をしてみることも考えましたが、N本人のプライドを傷つけたり、家庭内の問題に介入しすぎたり、といったことを恐れ、そちらにもまだ連絡は取っておりません。

そういうことを恐れて逡巡している場合ではありません。これは命にかかわる状態です。

私が申し上げられることは以上です。
これらの事実をもとに、対策をおたてください。帰国が唯一の方法であるように、私には思えます。その場合、表向きの理由はいろいろ考えられると思います。そしてそのような方向に持っていけるのは、唯一の上司であるあなたしかいないように思います。Nさんが適切な精神科的治療を受けられることを願っています。


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