精神科Q&A

【0906】登山の後の奇異な言動


Q: 70代の父の症状が、せん妄か統合失調症(精神分裂病)かわからず先生のご意見を伺いたく質問させていただきます。
 父は、2週間ほど前、雨の中、登山をしてしまいかるい脱水症状をおこし、首のうしろが痛いということもあり山の近くの病院で受診し、精神安定剤か睡眠薬をもらいそれを2−3回のんだようです。 (発熱、風邪症状は大してなかったようです。) その後、自宅へ帰り2日ほど過ごしていたのですが、本人が別の病院へ行きたいと言い出し、自分から脳神経科の病院を受診しました。その時はすでに言葉がスムースに出てこない感じはありましたが言動におかしいところはなく、サアミオンとハルナールという薬をもらい飲み始めました。(その時CTもとって調べたそうですがとくに問題はなくこれだけの処方箋になりました。)
 その後2日ほどたって、完全に言動がおかしくなり奇異な行動もするようになりあわてて大きな病院で検査入院になりました。 そちらではすぐに脳炎の疑いからMRI,髄液の検査、を行い調べましたが今日までウィルス、脳内出血等出てきません。 ただ、行動や言動は入院直後はひどく男の人4人で押さえないとあばれて点滴をはずそうとしたり、看護婦さんに暴言を吐いたり、オムツが暑いからと脱いでみたり、周りを巻き込んで大変だったそうです。 その後、衝動的な怒りの行動はおさまってきましたが、今でも、盗聴されている、壁に何か仕込まれているなど言動は続いています。 また、3日ほど前までは夜になるとおかしいことを言っていましたが、(昼間はまったく普通)一昨日、昨日は昼間でもおかしなことを言っています。 小さい子を見ると孫がきたと言い張ったり、電話、クーラーに盗聴器が仕掛けられている、自宅に泥棒が入ったので警察に電話しなくてはなどです。 それでも周りの状況や、情報は正確にわかっているようですが、自分の年齢を41歳と言い張るようです。 また、計算もできているようです。 食欲も出てきて、尿の出もよく、脱水はなくなりました。 心の問題で思い当たるとすれば、登山の前、ある発表会で大勢の人の前で失敗をしてしまい落ち込んでいたという事実もあります。 
 今現在は、セロクエル 25MGを飲んでいます。 一時的なせん妄なのか精神分裂病なのか主治医からも説明が今のところなく、私も不安で先生のご意見を伺いたくメールさせていただきました。 


: 非常に難しいですが、脳の何らかの器質的疾患がもっとも疑われると思います。統合失調症(精神分裂病)の可能性はどちらかというと低いでしょう。脳炎の可能性は考えられます。検査所見からは脳炎を示唆するものは出ていないようですが、今後も慎重に検査を継続することが必要だと思います。

結論を先に言ってしまいましたが、経過をふりかえってみましょう。

父は、2週間ほど前、雨の中、登山をしてしまいかるい脱水症状をおこし、首のうしろが痛いということもあり山の近くの病院で受診し、精神安定剤か睡眠薬をもらいそれを2−3回のんだようです。

これが発症ですね。70代の方が、それまで何の精神疾患の既往もなく、このような形で始まるのは、脳の器質的な疾患がもっとも考えられます。とはいっても、この時の症状が今ひとつわかりません。「軽い脱水症状」と「首のうしろが痛い」ですね? しかし、処方は精神安定剤か睡眠薬ということは、他に何か症状があったのではないでしょうか。それを知りたいところです。

(発熱、風邪症状は大してなかったようです。) 

これは重要なことです。発熱や風邪症状がこの時にあれば、脳炎が強く疑われることになります。しかし、なかったからといって、脳炎が否定できるわけではありません。

その後、自宅へ帰り2日ほど過ごしていたのですが、本人が別の病院へ行きたいと言い出し、自分から脳神経科の病院を受診しました。

この時の症状として、以下に記されている「言葉がスムースに出てこない感じ」以外にどのようなものがあったか不明ですが、少なくとも言語の症状があったことは確かで、そしてそれをご自分が症状として自覚されていたことをあわせると、統合失調症はやや否定的です。

その時はすでに言葉がスムースに出てこない感じはありましたが言動におかしいところはなく、サアミオンとハルナールという薬をもらい飲み始めました。(その時CTもとって調べたそうですがとくに問題はなくこれだけの処方箋になりました。)

言語症状は実際に発語をお聞きすると、たちまち診断がつくこともよくあります。この時点の言語をお聞きし、また言語についての検査を行いたかったところです。なお、脳炎や脳血管障害などだとしても、この時点のCTで異常所見がないということもあり得ます。

その後2日ほどたって、完全に言動がおかしくなり奇異な行動もするようになりあわてて大きな病院で検査入院になりました。 そちらではすぐに脳炎の疑いからMRI,髄液の検査、を行い調べましたが今日までウィルス、脳内出血等出てきません。

脳炎を疑うのはごく妥当だと思います。したがって、MRI、髄液検査をするのは当然と言えます。しかし、仮に脳炎だとしても、初期にはMRIで所見がまだ認められないということはあり得ます。また、髄液のウィルス検査は、ウィルスの抗体価を調べるものですが、あらゆるウィルスの抗体価を調べるというわけにはいかないので、検査していないウィルスによる感染の可能性が常に否定できません。また、髄液検査はウィルスだけを調べるものではなく、細胞数やタンパクも調べているはずです。その所見が診断にある程度までは役立つのですが、結果はどうだったのでしょうか。

 以後は、幻覚、妄想、興奮が主な症状ですね。この症状だけからは、あらゆる病気が考えられますが、経過からは脳炎を考えたいところです。

心の問題で思い当たるとすれば、登山の前、ある発表会で大勢の人の前で失敗をしてしまい落ち込んでいたという事実もあります。

それは関係ないでしょう。そういうことが原因でこのような症状が出ることはまずありません。

 以上のように、もっとも考えられる診断は脳炎だと思いますが、他の病気の可能性も充分あります。今後、髄液検査、MRI、それから脳波やSPECTも行っていくことにより、診断は確定すると予想されます。現時点では症状の変化にあまり一喜一憂しないほうがいいでしょう。これからの経過を冷静に受け止めていくことが大切です。



その後の経過(2005.12.5.)


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