精神科Q&A

【0086】ある都立病院の電気けいれん療法


・・もう少し解説します

精神医療や精神病に関しては、偏見に満ちた報道がなされることが非常に多く、そのためたくさんの患者さんが心を痛めています。何かが新聞に出るたびに、どこの病院でも必ず何人かの患者さんの病状が悪くなっています。

けれども、明らかに偏見に満ちた報道よりもはるかに悪質なのが、一見すると弱者の味方をしているようで、実は隠微な悪意に満ちた、読者に間違った知識を与える報道だと私は思います。こういう報道は、結果として医療や医療に対する人々の心を歪めるものにほかなりません。ご質問の電気けいれん療法に関する記事は、まさにこの種の悪質な報道にあたるもので、私は一読して非常な憤りを感じました。

記事を批判する前に、質問にお答しなければいけませんね。・・けれども、残念ながらこのご質問をされた方は、この記事を書いた新聞社の隠された悪意、すなわち「都立松沢病院で行っている電気けいれん療法は悪いものであると読者に思いこませる」という意図にのせられてしまっていると申し上げざるを得ません。やはりこの記事の欺瞞を分析することが、ご質問への答になると思います。

まず1行目です。

日本の精神病院の草分けのひとつ、東京都立松沢病院(松下正明院長、1368床)で、患者を鎮静させるため、全身にけいれんを起こす「電気ショック」を頻繁にかけていることが明らかになった。」

この出だしの文章からして、電気ショックは悪いものだということを示唆する雰囲気がかもしだされていますが、この段階では事実を報道していると言えないこともありません。

しかし次の第2文ははっきりした虚偽です。

欧米では全身麻酔と筋弛緩(しかん)剤を併用して実施する「無けいれん法」が原則だ」

これはまったくのデタラメです。電気けいれん療法には、確かに麻酔を使った無けいれん法もありますが、実際にけいれんを起こさせる方法と起こさせない方法のどちらを行うかは患者さんの状態によって決めることです。そして、電気けいれん療法における事故の大部分は麻酔の事故ですので、どちらが安全かといえば、麻酔をかけない方が安全だというのがほぼ定説です。ですから、この記事の記載は虚偽です。また、欧米を引き合いに出して、欧米の方が進んでいるのが常識とみなすような態度も不愉快なところです。

そして第3文も不合理な記載です。

「けいれんを伴う電気ショックは、国内でも懲罰的に使われた歴史があり、せきつい骨折やけいれんが止まらなくなるなどの副作用が飛躍的に増える恐れも指摘されている。」

「懲罰的に使われた歴史があり」は正しい記載ですが、それはあくまで歴史にすぎません。これを何気なく書くことで、今の電気けいれん療法も懲罰的であるかのような漠然とした印象を与えていることは否めませんが、それより問題はその次の文、「せきつい骨折やけいれんが止まらなくなるなどの副作用が飛躍的に増える恐れも指摘されている」です。骨折は確かにけいれんの副作用のひとつで、高齢で骨がもろくなっているなどの症状がある患者さんに電気ショックを行う場合は麻酔をかけて行うのは常識です。これが先に述べた、麻酔をかける方法とかけない方法のどちらを行うかは患者さんの状態によって決める、ということです。それから「けいれんが止まらなくなる」ことは、正しい方法で行う限りはあり得ません。ただし、電気けいれん療法を非常に多くの回数行った場合には、その後自然なけいれんが起こりやすくなるということならあり得ます。これは重要なことですので、どの程度の確率でけいれんが起こりやすくなるかについてはたくさんの研究があります。この記事の「けいれんが止まらなくなる」という表現は、このことを指していると解釈することも出来ますが、素直に読めばずっとけいれんが続いてしまうイメージが浮かぶのが普通で、不適切な(あるいは悪意のこもった)表現だと思います。あえてこの表現を、自然なけいれんが起こりやすくなることを指していると解釈したとしても、それが「飛躍的に増える恐れ」を指摘している人はほとんどいません。

さらに陰湿なのは次の文です。

「治療体制が整った病院でのこの実態は精神医療の構造的な問題だとする声もある」

この「声もある」は、この会社の新聞記事で多用される表現で、いったい誰が言っているのかわからない。実は記事を書いた人の一方的な意見であることが大部分だという声もあります。少なくともこの記事の場合はまさにそうでしょう。「この実態」というといかにも悪いことのようですが、悪いことに見えるのはこの記事の欺瞞性のためであることはここまで述べてきた通りです。

その次の文になると、わけがわかりません。

「電気ショックは正式には「電気けいれん療法」と呼ばれる。国内では、全身けいれんを伴う方法も健康保険で認められているが、無けいれん法に比べ診療報酬は20分の1で、「例外的に認められているにすぎないことは医療に携わる者の常識だ」と専門家は説明する」

この「専門家」というのはどこの誰でしょうか? 専門家がこんなことを言うはずがありません。架空の専門家か、あるいはこの記事に同調するエセ専門家の見解でしょう。だいたい診療報酬が低い治療法を用いることをなぜ「例外的」(かつ、論調からすれば「よくない治療」)と考えるのか。治療効果が同等なら診療報酬が低い方を用いるべきで、報酬が高い方を用いるのは何か必要性がある「例外的」なケースに限るべきでしょう。

まだまだこの記事は続くのですが、この辺でやめておきましょう。記事の最後に、松沢病院の事務局が「取材には応じられない」と回答したと書かれていますが、当然でしょう。松沢病院は、東京都の第一線の精神病院で、他の病院では敬遠されがちな重症の患者さんをたくさん受け入れて治療しています。こんな虚偽と悪意に満ちた新聞記事を書く会社を相手にしているほど暇ではないでしょう。

 

(記事は朝日新聞インターネット版2001年7月8日05:58に依拠しています)

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