精神科Q&A

 【0703】「夢うつつ」の状態と診断された78歳の父の妄想


Q: 78歳の父のことですが、一昨年に母が亡くなり、二十数年二人で生活していた父が、一人暮らしをするようになりました。もともと家事はマメにしていたので、男一人でも特に不自由なことはありませんでした。私も妹も他県に住んでいるので、週一回泊まりにいくのが精一杯です。一人になって半年くらいから、まず、「明け方黒い影が部屋を通った」と言い出して、そのうちに「明け方近所の車のエンジンの音で目がさめる(実際には何の音もしません)」と言うようになりました。きっと母がなくなって淋しいのかなと思い病院には行きませんでした。そういう状態が半年ほど続いた約1年前に、私が実家に言ったら、突然「盗聴器が仕掛けられている」というのでおどろき、心療内科に連れて行ったところ、脳のCTを撮りましたが、特に異常はありませんでした。痴呆でもないが症状が進まないようにする為、アリセプトを処方されました。しかし症状はあまり変わらず、ここ数ヶ月は朝方家の周りに人がたくさん集まり、えらいお坊さんがお経をあげると言います。その中に母がいるらしく、しかしその人たちの姿は一度も見たことがなく、声だけが聞こえてくるそうです。時には、エンジンの音から声が聞こえたり、水の出る音から聞こえたりするそうです。

 最近精神科がある病院に変わり、ネブスン(オキサゾラ)とレモナミン(ハロペリドール)を服用しています。精神科の先生は、老化現象の1つで「夢うつつ」の状態だと言われました。最近では今までのお経のお金が、十数億請求されるとか、お坊さんから電話がかかってきて会おうと思っているとか、請求されたお金が払えないので死を選択するしかないと言います。

 日常生活はそのことをのぞけば、耳が遠くて時々会話が困難になること以外はまったく正常に出来ています。
 父の病気は一体何なのでしょうか。
 私たちは今後どうしたらいいのでしょうか。よろしくお願いします。


: 78歳という高齢になってこのような幻覚妄想が初めて現れた場合、加齢に伴う脳の器質的変化をまず考えるのが常識です。その代表的疾患は痴呆ですので、病院でまず脳のCTを撮ったのはごく自然な処置です。しかし痴呆の診断のためにはCTのような画像検査だけでは不十分で、記憶力をはじめとする知的機能の検査が必要です。CTでよほどはっきりした異常が見つかるとか、あるいは日常生活を見れば痴呆は明らかといった場合を除けば、知的機能の検査は必須と言えます。それを行わずにアリセプトを処方されたというのは賛成できません。アリセプトはアルツハイマー病の薬であって、他の病気に処方しても意味がありませんので、「痴呆でもないが症状が進まないようにする為」というのは不合理です。

 また、CTや、さらにはMRIで脳の構造が正常でも、SPECTという脳の血流の検査をすると、痴呆の初期には異常が認められることがあります。ただしあなたの地域の事情が不明ですので(つまり、SPECTが可能な病院が近くにあるかどうかが不明ですので)、SPECTを行っていないことにはやむを得ない理由があるのかもしれません。理想だけを言えば、この方のようなケースでは、CTかMRIに加えてSPECTを行い、さらには知的機能の検査を行って、痴呆の診断、あるいは痴呆の前段階の診断をつけてから治療を開始すべきでしょう。

 痴呆以外にはせん妄ということも考えられます。せん妄は、脳の機能が一時的に低下した時に、軽い意識の障害に伴って幻覚や妄想や興奮などの症状が出るものです。ここでいう「軽い意識の障害」というのは、日常用語でいう意識の障害とは異なります。たとえば【0640】のケースでは、質問者からみると「意識ははっきりしていました」と書かれていますが、このような状態を軽い意識の障害と呼ぶのです。
 せん妄は高齢者で見られやすいものです。この【0703】の方が精神科医から「老化現象の1つで「夢うつつ」の状態」と言われたというのは、せん妄のことを指しているのだと思います。

 けれども、この【0703】の方がせん妄であるかどうかはよくわかりません。せん妄は、時間によって症状がかなり変動するのが一つの特徴です。この方の妄想はかなりはっきりしていますが、もしこれが時間によって完全に消えたり、さらには妄想がある時には見当識障害(今がいつか、ここがどこかなどがわからなくなる)を伴っていれば、せん妄の可能性は高くなります。メールからはそこのところが不明ですが、文面からは妄想が持続しているようにも読めます。持続しているのであれば、せん妄とは考えにくいところです。

 妄想の治療は、原因が痴呆であれ、せん妄であれ、抗精神病薬を使うのが普通です。いま処方されているレモナミン(ハロペリドール)がそれにあたりますので、これについては異論はありません。一方、 ネブスン(オキサゾラム)は抗不安薬です。抗不安薬は特に高齢者では意識レベルを下げ、せん妄を悪化させる可能性がありますので、もしせん妄と診断しているのであれば、処方には賛成できません。

 以上まとめますと、知的機能検査とSPECTの検査を行いたいところですが、もし何らかの事情でそれが困難であれば、まずはとにかく妄想をターゲットにした治療をすべきでしょう。それには抗精神病薬が有効です。アリセプトやネブスンの処方には賛成できません。



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