精神科Q&A
【0663】70歳の父の性欲が異常に増してきた
Q: 70歳の父について質問します。私は30歳の娘です。私が父の異常な行動を知ったのはつい最近ですが、母から聞くと、だいぶ以前から徴候はあったように思われます。
一つは、母への嫉妬妄想です。母は62歳です。
はじまりは5年程前の夫婦での旅行中、たまたまツアーで一緒になった男性と食事中に会話が弾んだと言う事で、旅行中も文句をいわれ、帰宅後もしばらく文句を言っていたそうです。
性的行為を求められ、母が断るとその男性と浮気しているのだと言って何年も、そのことについて言われていたらしいです。
そして最近、父からの性的行為の求めが異常だというのです。断ると、浮気しているとか、オレを最後の男にしないのか、とか、何をするかわからないから、などと言う事もあるそうです。それがほぼ毎晩で母は夜になるのが恐いと言っています。今までは、誰にもいわず、自分が我慢すればいいのだと母は思っていたらしいのですが、父の異常な行動がエスカレートしてきたので、私に相談をしてきました。
最近、母も携帯電話を持ったので外出していると何度も、何度もかかってくるそうです。
自分が外にいても母へかけてきます。
もう一つは性的な異常です
つい最近、母には内緒で母の友人を母のことで相談があると呼び出し(母の手帳から調べたらしく、嘘をついて出かけました)、以下のようなことを言ったらしいのです。
*母が浮気してるんじゃないのか
*陰毛がざくざく切られていてまだらになっている、暴力団とつきあっていて切られたのではないか、探ってほしい。
*夜中(寝ているときに)変な声をあげている、他の男と性行為をしている夢をみているんじゃないか
*夜の生活を拒否される(その内容を細かく話す)
また、その方へ下着をお土産に買って言ったそうです。なおかつ、その方を性的に誘ったということです。
その母の友人はしっかりとした方で、父から母には内緒にといわれてもその時の父の様子や表情が異常だったため、普通ではないと、知人やインターネットで調べて『嫉妬妄想』ではないかと心配し、母に連絡をして、話して下さったそうです。
また、アダルトビデオ等も見ているようです。性器への異常な興味というか執着を感じると母は言います。夜中に自分の性器をいつもいじったりもしているらしいのです。ベッドの中にも何に使うのか解らないものがいろいろあったりするらしいです。ですが、途中で寝てしまったり、忘れてしまってそのままだったり隠そうとしているのか、よく解りません。
最近は、物忘れもひどくなってきたようです。物はよく無くしてしまいます。物をあまり片付けられません。以前、1.2回ほどですが食事をした事も忘れてしまうことがありました。
昼間はいたって普通です。母にも昼間は普通らしいのです。私に対しても、とても普通に接しています。夜になると(寝る頃)顔の表情も変わるらしいのです。年齢も年齢ですし、聞いていてなんだかただの「色キチ」とは思えないのですが、精神的な病気なのでしょうか?
父は、若い頃はどちらかというと淡白だったようです。
仕事をしている頃は片頭痛や脳に腫瘍が出来た事があります(自然になおったと言っていました)。狭心症もありますが、ペースメーカー等は使用していません。発作も10年以上ないようです。
気になっているのは5年程前から、パーキンソン病と診断され治療を受けています。現在は、症状は出ていますが、歩行を含め身の回りの事は自分でできます。ただし、用を足すのに困難があるらしく、その頃から先程のような異常?が目立ってきたということです。
このような内容の事を娘に話さなければならなかった母の気持ちを思うと、とても、普通ではないのだと思います。
「私だけが、我慢すれば、、、、、」と言っていましたが、このままでは、母がおかしくなってしまいそうです。
内容が内容だけに、どうしたらいいものかと悩んでいます。現在は父と母は二人だけで生活していますが、他の家族が同居すれば、良くなるのでしょうか?
お医者様に見せるべきなのでしょうか?
しかし、娘からこういった内容を話し、病院へ行く事を勧めていいものか頑固な人ですし、プライドも高かった(若い頃は)のでそうしたことで、余計おかしくなるのではないか。とも考えてしまいます。
これ以上、周囲の方に不快な思いもさせたくありません。早急に対処したいのですが、どうしたらいいでしょうか?
林: 今の状態を医師に正確に伝え、治療を受けるべきです。お父様の今の状態は明らかに病的で、原因としては(1) 脳の変性疾患 あるいは(2) パーキンソン病の薬の副作用 のいずれかが考えられます。
気になっているのは5年程前から、パーキンソン病と診断され治療を受けています。
というあなたのご記載の通りで、パーキンソン病の症状が出てきたころ(あるいは、パーキンソン病の治療を始めたころ)から、性欲の亢進や嫉妬妄想的な症状が出てきたというのが最大のポイントです。順に解説します。
(1) 脳の変性疾患の可能性について
脳の変性疾患とは、脳の神経細胞が徐々に死んでいく病気で、アルツハイマー病がもっとも有名ですが、その他に前頭側頭型痴呆など、たくさんの疾患があります。パーキンソン病もそのひとつです。けれどもこのケースについて私が脳の変性疾患の可能性があるといっているのは、通常のパーキンソン病以外の何かである可能性のことをいっています。
実は、通常のパーキンソン病でも、幻覚や妄想が出ることはあります。しかし、このケースのような激しい妄想が出ることはあまりありません。また、パーキンソン病では普通は知能の低下は目立ちません。ですから、
最近は、物忘れもひどくなってきたようです。物はよく無くしてしまいます。物をあまり片付けられません。以前、1.2回ほどですが食事をした事も忘れてしまうことがありました。
この記載からは、通常のパーキンソン病とは考えにくいところです。(もっとも、薬の副作用で物忘れが出ているという可能性はわずかに残されていますが)
そうしますと、パーキンソン病の症状が出る変性疾患のうちの何か、ということになります。それにはたとえば瀰漫性レヴィー小体病(びまんせいレヴィーしょうたいびょう)などがあります。この病気はパーキンソン症状と精神症状が出ることで有名です。ただしこの病気の精神症状はむしろ幻覚(特に幻視)が主ですので、嫉妬妄想や性欲亢進が前面に出るというのは典型的とはいえません。
それ以外の病気ですと、かなり色々なものが考えられ、特にどれが疑わしいということはできません。少し専門的な話をしますと、パーキンソン病というのは、脳の基底核と呼ばれる部分、特にその中の線条体という部分に病変があることによって起きる病気です。ですから、どんな変性疾患であっても、この部分の神経細胞に異常をきたせば、パーキンソン病の症状は出ることになります。お父様のケースで最も考えられるのは、基底核を含む部位に病変が及んでいる、脳の変性疾患です。その結果、パーキンソン症状と、記憶力低下、性欲亢進、嫉妬妄想という症状がまとめて発生したと考えるのがもっとも自然でしょう。診断のためにはまずは脳のMRI検査を受けることです。
(2) パーキンソン病の薬の副作用
次に考えられるのが、パーキンソン病の薬の副作用です。パーキンソン病の薬は、いずれもドーパミン系を強める作用を持っていますが、これによって精神症状が出ることがあります。ただしお父様ほどはっきりした妄想が出るのはそうそうあることではありませんが、可能性としてはあります。それから、性欲亢進というのもパーキンソン病の薬の副作用としては時にあり、論文もいくつも発表されています。
ですから、薬の副作用ということも考えられるのですが、さきほど言いましたように、お父様にはかなりはっきりした物忘れがありますので、単なるパーキンソン病ではないと考えるほうが自然です。
ただし、だとしましても、パーキンソン病の薬が精神症状を悪化させている可能性はありますので、処方の慎重な検討はいずれにしても必要です。
それから、ここまであえて触れなかったのですが、メールの中には一部不可解な記載があります。これです↓
仕事をしている頃は片頭痛や脳に腫瘍が出来た事があります(自然になおったと言っていました)。
片頭痛はともかく、脳腫瘍が自然に治るということは考えられません。ですからこれは何かの間違いと判断し、あえてここまでの回答では触れなかったのですが、もし本当に脳腫瘍があって、それが放置されていたとすると、話は別になります。脳腫瘍の性質や出来た部位によっては、妄想や性欲の異常、さらにはパーキンソン症状や記憶障害が出ても不思議はありません。ですから脳腫瘍については事実の確認が必要です。
それから、もし私が医師として病院でこのケースの相談を受けたとしたら、性欲の亢進や嫉妬妄想が出始めたのが、パーキンソン病の薬を飲み始めてからなのか、それともその前から多少なりともその徴候が出ていたのかを詳しくお聞きするでしょう。当然ながらそれが原因の判断の大きなポイントになります。けれどもここでは一応、そのどちらかがはっきりしないと仮定してお答えいたしました。いずれにせよ、今の主治医に先生によくお伝えし、適切な治療を受けてください。
具体的に取るべき手順としては、
まず主治医の先生にご家族から現状を詳しく伝えることです。パーキンソン病の治療を行っている医師なら、ここで私が回答した程度の内容は十分ご存知のはずです。
そこから後は主治医の先生の指示に従うということにつきますが、一般的な手順としては、
1. 脳のMRI検査。これは絶対に必要です。脳の変性疾患、脳腫瘍、いずれもこの検査がまず必要になります。
2. 処方の調整。今の症状が薬の副作用であった場合でも、なかった場合でも、処方の調整は必要でしょう。抗パーキンソン薬の中で、減量できるものは減量する。あるいは他の薬にかえる。しかしおそらくこれだけでは症状は消失しないと思われますので、抗精神病薬による治療が必要になると思います。
ここで厄介なのは、大部分の抗精神病薬には副作用としてパーキンソン症状があるということです。このため、パーキンソン病に精神症状が合併した場合の薬物療法は難しいことが多いのです。この場合すすめられるのは、いわゆる非定型抗精神病薬と呼ばれる、新しい種類の抗精神病薬で、これなら副作用としてのパーキンソン症状は軽いので、お父様のケースには適切な処方ということになります。
他のところにもお書きしましたが、私自身は新しい薬の使用にはかなり慎重なほうですが(どんな副作用があるか、本当のところはまだわからないからです)、このようなケースでは積極的に使うべきだと思います。(実は非定型抗精神病薬には、高齢者では脳血管障害の頻度を高めるというデータもありますが、まだこのデータの信頼性は不明です。というような問題はありますが、お父様のようなケースでは薬によって期待される利益が副作用の可能性として予想されるマイナスを上回っていると思います)。