精神科Q&A

【0548】てんかんは手術で治るのですか


Q: 32歳の男です。大学時代に交通事故で脳挫傷になった後遺症から一昨年ほど前よりてんかんが起こり始めました。何とか精神科の医師により診断書を工夫して頂いた関係から精神障害者福祉手帳2級を取得し、この年齢でも障害者年金を頂いています。
ここで相談なのですが、てんかんは手術で治るものなのですか?
 知人からある脳外科医を紹介して頂き、診察して頂いたところ、私のてんかんは側頭葉てんかんで、手術すれば完治すると言われました。そして、幸い、側頭葉てんかんでも左側の手術をすれば言葉の障害が残るが、私の脳挫傷は右側なので、手術しても後遺症はないといわれました。
 真偽をお願いします。


: てんかんは手術で治る場合もあります。てんかんとは、脳の一部の神経細胞の異常活動が、脳の他の部分に拡がっていくことによって起こります。脳全体に拡がれば、全身性のけいれんが起こります。部分的に拡がれば、その部分に対応した症状が出ます。いずれにせよ、根本の原因は脳の一部にありますので、その部分(これをてんかん原性焦点といいます)を手術によって取り去れば、てんかんは治ります。

 ただし問題は、脳の一部を取り去るわけですから、てんかんは治っても、取り去った部分の脳の働きは失われるということです。非常に重症のてんかんで、しかも薬が効かない場合には、てんかんそのものの症状のために生命が危険になりますので、たとえ脳の働きの一部が失われても、手術をせざるを得ないケースもあります。しかし通常のてんかんでは、手術により重大な後遺症が予想される場合には、手術ではなく薬で治療していくのが普通です。

 ご質問にあるように、左の側頭葉を手術すれば、言葉への後遺症、すなわち失語症になる可能性があります(失語症になるかならないかは、手術の部位によります)。一方、右の側頭葉の手術では、あなたへの脳外科医の説明の通り、言葉に障害が残る可能性はまずありません(普通は言葉は左脳が主に関係する機能であるためです。左脳を「言語性優位半球」といいます。ただし、まれには右脳が言語性優位半球になっている人もいて、その場合は右の側頭葉の手術でも失語症になる可能性があります。しかしここでは話を単純にするため、この【0549】の質問者の方の言語性優位半球は左であるとして話を進めます)。しかし、右側頭葉の手術であれば、何の後遺症もないかというと、そんなことはありません。

 脳は、部位によっていろいろな働きをしていますが、脳の中には「沈黙野」と呼ばれている部位があります。沈黙野は、損傷されたり、手術で取り去ったりしても、何の症状も出ない部位です。ですから、あなたのてんかん原性焦点がこの沈黙野にあれば、手術しても何の後遺症はない、という説明になります。

 しかし、これは厳密には誤りです。昔から沈黙野と呼ばれていた部位、たとえば右の前頭葉の一部などでは、「一見したところでは」損傷や手術によって何の症状も出ないのですが、精密な神経心理学的検査を行えば、何らかの症状が実際にはあることがわかってきています。常識的に考えて、脳の中で何の機能もない部位が存在するはずはなく、「沈黙野」というのは、現在の診断技術では何の症状もない部位と解釈すべきでしょう。

 ですから、あなたのケースでも、おそらく手術すればてんかんは治り、少なくとも一見したところでは何の後遺症もないように見えるということになるでしょう。けれども、厳密には何らかの後遺症はあると考えるべきです。(もっとも、手術で脳の一部を切除した結果、てんかんの症状以外にもプラスの効果が出ることもあり得ますが)

 だから手術はよくないと言っているのではありません。どんな治療にもプラスとマイナスがあり、プラスを重視すればその治療を行い、マイナスを重視すればその治療は行わないということになります。一見したところあるようには見えない後遺症を重視するか、それともてんかんを治すことを重視するか、それはあなた自身が決めるべきことだと思います。他の治療法とは違って、手術はいったん受けたらもう元に戻すことはできませんので、よくお考えになって決断してください。 


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