精神科Q&A

【0407】退院したらまた自殺すると思う、と口にする弟を主治医がすぐにでも退院させようとしているようで、困り果てています。


Q:  統合失調症(精神分裂病)と診断された弟(25歳)への対応に悩む、28歳女性会社員(既婚)です。
 
弟は5年前に大学を卒業し、企業に就職しましたが、1ヶ月もたたないうちに精神病(その時診断された病名をわたしはきいていません)を発症し1年以上入院していました。主治医(当時の)と相談し、ある時期から薬を飲むのは全く止めていました。自宅で療養生活後、大学に編入し寮生活を送っていましたが、それからまもなく自殺未遂をしました。家族で精神科受診を勧めましたが、以前の入院生活の恐ろしさ、医師への不信感などを理由に服薬・受診は拒絶し、寮生活を続けました。そして2ヶ月後にまた自殺未遂をし、実家に連れ戻されました。
 
一回目の入院では力ずくで病院に連れて行ったことが本人・家族の傷でもあるため、今回は本人が納得して受診してほしかったのです。はたから見る分には、話すこともしっかりしているし、ゲームやビデオなどを楽しみ、リラックスしながら自分をとりもどしていっている、しばらく休んで治療さえきちんと受ければ復学できると思ったのです。
  
そのころの弟は、時々果てしなく落ち込む、動きや思考が以前より機敏でない、昼夜逆転生活などの症状がありました。幻聴もあったようです。病気の話を持ち出すと、「こらえているものが噴き出すからその話はしないでくれ」と言われました。

私たち家族はどうやって受診させようかとやきもきしていたのですが、そのうちに眠れないと言いだして、自発的に以前かかった主治医を受診しました。今思えば、予め先生に家族から最近の状況をお伝えしておけばよかったのですが、本人だけで受診し、「眠れないのは入院しても治らない」と言われ、薬や治療の話はなかったそうです。幻聴などの症状は先生には言わなかったのだと思います。
 
それから1ヶ月して、また自殺未遂をしてしまいました。朝、ひとりでいろいろな薬や洗剤などを飲み、その直後は激しく吐いたようですが、昼間は普通にすごし、夕方苦しくなって、朝のことを母に話し、病院へ行きました。一旦はそのまま家に帰されましたが、後日以前とは別の病院に入院し、まず内科の治療を受け、その後精神科へ移ることになりました。
 
内科の先生に「念のため他の病院で検査を受けてほしい」といわれ、両親が弟を車で他の病院へ連れて行った帰りに病院には戻りたくないと家に帰ってしまいました。(帰りは父だけ付き添ったので、父の運転する車から飛び降りようとする弟に為す術なく)その晩は外泊扱いにしてもらい、説得をしました。このとき、弟は「これを言うと狂ってると思われて病院に入れられるから言わなかったけど」と言いながら、「最初に入院したころから、自分以外みんなニセモノだと思っていた」、「誰も信じられない」、「みんな敵にみえる」、「就職した会社をいい形で辞められなかったから、その会社がずっと自分を邪魔している」などの妄想をわたしに初めて話しました。「あのとき自殺が成功していたらよかったのに」と何度も言っていました。結局説得できずに、翌日半ば強引に病院に搬送しました。その際に、(今の)主治医の先生は「少なくとも1ヶ月入院するように」と約束したそうです。
 
そして1ヶ月後、父とわたしは主治医の先生に面談をお願いしました。家族としては現在や今後の治療について説明をうけるつもりの面談でした。しかし、いきなり「本人がどうしてもと言うなら約束通り退院させる」と言われました。家族から見るとまだまだ明らかに危険な状態でもあり、閉鎖病棟からいきなり退院するとは思ってもみませんでした。       
 
先生は今後の治療に影響するので約束を守ることが大切であるということでした。とはいえ、両親は心身とも疲れ切っており(父は弟の自殺による精神的ショックと不眠で別の精神科に通院しています)、弟が退院しても面倒見られない旨をお話ししたところ、主治医としては退院してよいと伝えるが、家族が対応できない現状をそのまま本人に話すように言われました。では退院できるほどよい状態なのかと伺うと、まだ早いと思うとおっしゃるのです。でしたら、家族が面倒見られないと言ったら、見放されたと思うだろうから、そうではなくて、「まだ早いから、もっとよくなってから退院しよう」と先生から話していただきたいとお願いし、その場で本人をまじえて先生から話して頂き、退院はまだ早いということに落ち着きました。ただ本人は約束が守られなかったことが腑に落ちない、やはり誰も信じられないと言いました。その一方、「まあ退院したらまた自殺したと思うよ」とはっきり口にしました。

その面談から1週間もたたないというのに、主治医と面談した弟が「自分が退院できないのは家族が対応できないからだと先生からきいた」と実家に電話してきたのです。「退院していいといわれたので今度こそ退院する」と言っているそうです。主治医の先生がとにかく退院を急いでいるような印象を受け、両親は先生に見放されたような絶望におそわれ、今にも倒れてしまいそうです。
 
わたしは医師や専門家の手を借りなければ、家族だけでは弟を救えないと思っています。もちろん主治医の先生に再度面談をお願いしようと思っています。
 
わたしは両親がもう少し落ち着くまで入院していてほしい、入院しながら治療の中でカウンセリングなどをうけて心を整理してほしいと思っています。今回の主治医の先生の真意は、家族が面倒をみられないので、入院していてほしいという事実を家族から本人に話すことをひきだすためのステップなのでしょうか?それともとにかく退院すべきなのでしょうか?治療方針の説明や現状の説明がないまま、退院ばかりが急がれているようでとても不安です。それとも、まさか、本当に見放されてしまったなんてことありえますか?(こんなこと言いたくないのですが…)


: 大変お悩みの様子とお察しいたします。非常に難しい問題ですが、結論を先に申し空けますと、私も主治医の先生の方針に賛成です。つまり、弟さんは退院させてあげるべきだと思います。
 
治療のためには、本人と医療の信頼関係がもっとも大切です。もし今、弟さんを退院させなければ、信頼は失われ、以後の有効な治療はほとんど不可能になるでしょう。つまり、主治医の先生のおっしゃるように、「今後の治療に影響するので約束を守ることが大切」なのです。
 
ご家族としては、弟さんが「退院したら自殺する」とはっきりおっしゃっている以上、退院に強い不安を持たれるのはよくわかります。この部分だけをとって考えれば、退院させるなんて信じられないと思われるのも理解できます。
 
しかし、それでは入院を続ければ自殺は防止できるでしょうか。
 
できません。
 
入院中でも、自殺する人はいます。
 
人間が、絶対に自殺しようという強い意志を持っている場合、自殺を防止することは不可能です。
 
もし100パーセント防止しようとするのなら、ベッドに拘束するか、または薬を大量に使って眠らせるか、ぐらいしかありません。今の弟さんにこの方法をとるのは不適切でしょう。(この方法が、常に絶対に不適切というわけではありません。病気の症状のために、一時的に自殺のおそれが非常に高まっている場合は、この方法をとることもあり得ます。ただしあくまで「一時的に」自殺のおそれが非常に高まっている場合の、緊急避難的な対応にすぎません)。
 
自殺を完全に防ぐ方法がない以上、次善策として最善の方法をとる以外ありません。それは、本人との信頼関係をできる限り保ちつつ、治療を続けることです。弟さんのケースでは、外来治療ということになるでしょう。
 
自殺願望が強い人の外来治療は確かに危険です。しかし現実には、医師のほうも薄氷を踏む思いで外来治療を続けていることもあることです。弟さんのケースは例外ではありません。
 
あなたはこう書いておられます。
「わたしは両親がもう少し落ち着くまで入院していてほしい、入院しながら治療の中でカウンセリングなどをうけて心を整理してほしいと思っています。」
その気持ちはよくわかります。ご家族は大体がこういう考え方をされるものです。しかし、弟さんのケースのように、退院時期をあらかじめ本人と医師の間で約束していたのであれば、その約束を破ったらその時点でカウンセリングは成立しません。信頼できない医師に誰がカウンセリングを受けようなどと思うでしょうか。「心を整理してほしい」、それはあなたの願望であって、入院を続けていたら、現実化されることはないでしょう。
 
 こういう説明をいくらされても、ご家族として安心することは到底できないでしょう。そんな理屈を言われても、本当に自殺してしまったらどうするのか、と言われるかもしれません。
 
しかしその不安は、主治医の先生も同じだと思います。
 
自殺する、と明言している患者を退院させ、本当に自殺した場合、退院させた医師が非難を受けることは当然考えられます。これを医師自身が意識していないはずはありません。
 
もし主治医が保身だけを考えるのなら、退院は延期し、たとえば大量の薬を飲ませて半分眠ったような状態にすれば、自殺は当面は避けられます。それをせずにあえて退院させ、外来治療に希望をつなぐという、主治医の方針が、弟さんのケースでは正しいと私は思います。
 
精神分裂病の経過はさまざまで、短期間にきれいに良くなる人もたくさんいらっしやいます。けれども、残念ながらあなたの弟さんの病状は重いと思います。安全策を取れるような状況ではありません。主治医の先生は、自殺のリスクを背負ってでも信頼関係を保ち、外来治療に懸けようとしています。この医師の方針に懸けるかどうか、それは最終的にはご本人とあなたがお決めになることではありますが、私は、懸けるべきだと思います。


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