精神科Q&A

【0314】交通事故後遺症で高次脳機能障害になったが、IQが高く出たのはなぜか


Q:  35歳の主婦です。主人40歳の事で教えてください。交通事故で後遺症が残りました。前頭葉と側頭葉の損傷があり、脳波もスペクト検査もCTも正常ではありません。10ヶ月たってもCTにも脳に傷があるといわれましたし、スペクト検査では前頭葉は真っ黒で著しい機能低下があるといわれました。
 医師からは高次脳機能障害と言われました。感情の激変のコントロールできず、認知障害もあるといわれ家族の私もその通りだと思っていました。しかし最近後遺症の診断でウェイクスアール?という知能検査をしたらIQ79となってました。医師も頭をかしげてました。なんでこの検査ができたのだろうと。わたしもどんな検査したのと聞いても「覚えていない。分からん。」としか答えず、検査も3時間で4つ位しましたが途中で主人が怒り出し中断しました。検査する人は精神科の医師ではありませんでした。
精神障害手帳は脳器質性の痴呆があると1級になりました。他にも身体障害も重度です。記銘力がだめなのに何でだろうとIQ79は高い方でしょうか?もとのIQはわかりませんが、何かの検査ミスでしょうか?


: 検査ミスではないと思います。
まず御主人様の脳損傷の状態ですが、スペクト(SPECT)で前頭葉が真っ黒、ということから、主たる損傷部位は前頭葉であると推定できます。「前頭葉と側頭葉に損傷があり」とお書きになっておられますので、おそらくCTでは前頭葉の損傷が側頭葉に及んでいる形の画像が得られているのだと思います。
 そのような脳の状態ですと、「感情の激変のコントロールができない」ことは十分起こり得ます。検査の途中で怒り出して中断された、とのことですが、これも脳損傷の方では比較的よくあることです。「破局反応」といいます。ご自分の能力を超えたストレスがかかると、容易に爆発したり場合によっては泣き出したりするという反応です。記憶をはじめとする認知機能にもかなりの障害があると推測できます。
 それなのに知能検査(「ウェイクスアール?」と書かれていますが、これは「WAIS-R」でしょう。「ウェクスラー・アダルト・インテリジェンス・スケール・R」で、知能検査としては最もよく使用されているものです)でIQ79は高すぎる、おかしいのではないかと思われる気持ちはわかります。しかし、これは十分にあり得ることです。
 というのは、このWAIS-Rをはじめとする知能検査は、一応は全般的な知能の検査ということになっていますが、実際には脳の後部の損傷がある場合の方が、はっきりと成績が低下するものであるためです。前頭葉損傷では、IQは79どころか、100以上になってもおかしくありません。
それがなぜかということを説明すると非常に長くなるのですが、ごく簡単に説明しますと、WAIS-Rのような知能検査は、検査の構造が固定されていて、与えられた問題に単純に答えていく、という形になっていることが大きな理由です。一方、前頭葉損傷の場合は、自分から問題そのものを見出したり、解き方を計画したり、といった能力が障害されます。そのため、前頭葉損傷では、通常の知能検査では障害が見つからないことも多いものです。そして日常生活では、単に与えられた問題を解決するだけでなく、自分から能動的に問題を見出し解決していくことが求められるのが普通ですので、前頭葉損傷があると、知能検査上はそれほど悪くなくても、日常生活には支障をきたすことが多いものです。(ちょっと話がそれますが、「与えられた問題に単純に答えていく」というのは、学校の試験の一般的な形式でもあります。学校の成績が良くても必ずしも社会で通用しないことのひとつの理由はここにもあるのでしょう)
 以上のことは、高次脳機能障害の臨床では常識に属することです。それなのに主治医の先生が首をかしげておられたのは、こうした分野があまりご専門でなかったためだと思います。精神科医であっても、必ずしも脳損傷の症状に詳しいとは限りませんので。
 なお、前頭葉損傷の方は、知能検査で成績があまり低下しないため、障害が認定されず、苦労されることも多いものです。ご主人様の場合は認定されたとのことですのでその意味では問題はありませんが、認定されない場合にはその他の検査(前頭葉障害で成績が低下する検査)、たとえばウィスコンシンカード分類検査や語産生検査などを施行して判定することになります。

その後の経過


精神科Q&Aに戻る

ホームページに戻る