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 悲しみの舞台裏 ・・・ うつ病の脳内変化


ヒポクラテスは、
「われわれの喜びや笑いも、苦しみ・悲しみや涙も、ひとしく脳から発することを人々は知らねばならない。」
と述べています。

ヒポクラテスと言えば、医の倫理をうたった、「いかなる患家を訪れる場合も、それは患者の利益のためである。医療に関するか否かにかかわらず、患者の秘密を守る。」などから成る「ヒポクラテスの誓い」が有名ですが、同時に経験と観察に基づいた実証的な医学の祖として知られています。誓いに代表される倫理と科学の両立が医学の理想であることはいまも変わりません。
上のようにヒポクラテスは感情の源は脳であるという画期的な見解を示し、うつ病も何らかの物質が脳に影響を及ぼすことにより起こると考えました。ここまでは現代にも通用する理論でしたが、その原因物質まで明らかにするのは当時の科学では無理な話でした。ヒポクラテスの説ではうつ病の原因は黒胆汁ですが、いまではこの説はさすがに通用しません。ただし黒胆汁を表わすギリシャ語であるメランコリーという言葉はいまでも残っています。

それから2千年以上たった現在、脳の科学は大きく進歩しました。脳内の物質の動きを知ることもできるようになりました。この結果、うつ病はモノアミンという脳内物質の変調により起こるということが大体わかってきました。

ただし、脳に関してはまだまだ仮説が多いのが現状です。巷にはいかにも脳が解明されたかのような本が出回っており、それなりに面白いのですが、本の著者とは違って医者は実際に患者さんの病気や生活に直接かかわるのですから、脳に関する事実とおとぎ話は区別して理解しておく必要があります。


うつ病の第一世代の仮説---モノアミン学説

脳には、何十億という数の神経細胞があります。この神経細胞は複雑なネットワークを作り、絶えず情報がかけめぐっています。ヒポクラテスの言葉を現代風に直すと、「われわれの喜びや笑いも、苦しみ・悲しみや涙も、ひとしく脳の神経細胞のネットワークから発する。」ということになります。このネットワークを走る情報を支えているのが、モノアミンの動きです。ドーパミンとか、アドレナリンとかの名前を聞いたことがあると思いますが、こうしたものをまとめてモノアミンといいます。

脳を電子顕微鏡で見ると、神経細胞同士の結合部分を観察することができます。この結合部分はシナプスといい、モノアミンはシナプスを通って隣の神経細胞に動き、情報を伝えます。脳が正常な状態では、下の図のように十分な数のモノアミンがシナプスを動いています。


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うつ病ではシナプスの中にモノアミンが足りなくなっています。下の図のような状態です。

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この学説は1960年頃にたてられたものです。その背景には、1957年にはじめて抗うつ薬が発見されたということがあります。この薬がシナプスのモノアミンを増加させる働きがあることがその後の動物実験からわかったのです。上の図では、左の神経細胞から右の神経細胞に向かって進むモノアミンが描かれていますが、実際のシナプスでは、モノアミンは循環して再利用されます。つまり、右から左への流れもあることになります。
                      
抗うつ薬は、このモノアミンの右から左への流れを妨害する作用があることが証明されました。その結果としてシナプスのモノアミンが増加することになるのです。そこで、この薬が効くからには、うつ病では逆にシナプスのモノアミンが減っているはずだという学説がたてられたのです。

学説は出されると同時に検証が始まります。もちろん活動している人間のシナプスを直接見ることはできませんから、いろいろな角度から間接的な証拠を積み重ねていくことになります。
まず最初に考えられたのは、血液や尿、それから脳脊髄液の中の、モノアミンやその破片を測定することです。うつ病の人の測定結果が正常より低ければ、上の学説の状況証拠であると言えるのです。

1960年当時といえば、まだ日本ではやっとテレビ放送がカラーになったような時代です。そんな時代にうつ病の脳内メカニズムを解明しようとして、精神科医は情熱を燃やしたのです。当時のことを書いたものを見ると、薄暗い医局の棚にたくさん並ぶ尿の瓶とそれを大切にする精神科医が不気味な風景として描写されています。背景にはうつ病の脳のモノアミンを間接的に調べようという目的があったわけですが、はためにはさぞ異様に映ったことでしょう。

尿、血液、脳脊髄液のモノアミンは、しかし一定の傾向は示さず、悲観的なムードが高まっていきました。モノアミン学説は想像の産物に過ぎないのではないか、そういう風に考える人が増えてきたのです。モノアミンにもいろいろ種類があるので、もっと細かくみれば何かわかるのではないかともいう説もありましたが、測定結果はやはり期待通りにはいきませんでした。何より不思議なのは、シナプスで抗うつ薬がモノアミン再利用を妨げる働きはすぐに出てくるのに、肝心のうつの改善には2-3週間かかるという事実です。この矛盾は単純なモノアミン学説では説明できません。また、モノアミンが足りないのならそれをのめばうつは治るのではないかという単純明快な試みも失敗に終わりました。さらに、まったく違った働きを持つ抗うつ薬が発見されるに至って、新しい仮説をたてざるを得なくなりました。これが第二世代の学説です。


うつ病の第二世代の仮説---レセプター学説

モノアミンは神経細胞から放出され、隣の神経細胞が受け取ります。このとき、受け取る方の神経細胞には、モノアミンの入り口があります。下の図には赤で描いてあります。この入り口をレセプターといいます。


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化学者や薬理学者の努力により、現在ではこのレセプターの性能や数を調べるテクニックが進歩しています。このテクニックをうつ病の脳に応用した結果、うつ病では神経細胞のレセプターの性能が高すぎるということがわかってきました。また、ホルモンはレセプター刺激に反応して分泌されますが、うつ病ではこの反応性が高いということがわかり、このデータも、レセプターの性能の高さを裏付けています。

学説は、たとえ間違っていたことが証明されても、その過程で得られた事実は次のステップに大いに役立ちます。
うつ病の第一世代の仮説であるモノアミン学説は消えつつありますが、この学説の基となった、シナプスのモノアミンの減少は事実として認められています。少ないモノアミンを効率よく受け取るために、うつ病ではレセプターの性能が高まっているのでしょう。ここに何かのストレスが加わってシナプスのモノアミンが増えると、この均衡が崩れてうつ病が発症します。そして、抗うつ薬はレセプターの性能を低める方向に働くことによってうつ病を治す、これが現在有力なうつ病のレセプター学説です。

最近はPET(ポジトロン・エミッション・トモグラフィ)によって脳のレセプターの活動をリアルタイムで観察することもできるようになっています。こうしたテクニックを用いた研究により、うつ病の脳内メカニズムの解明が進められています。


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