#1 認知症
池田学著 中公新書 2010年


アルツハイマー病を含めた認知症全体について、一般読者向きに書かれたとても質の高い本です。著者は熊本大学教授。認知症研究者として非常に高名な先生ですが、同時に、認知症臨床の優れた実践家としても知られています。現在の勤務地の熊本、そして前任地の愛媛における精力的な臨床活動の様子は、この本の中にも生き生きと書かれています。
 認知症、あるいはアルツハイマー病の本を書こうとした場合、いくつもの困難があります。けれども著者の池田先生は、この#1 認知症 でその困難を見事にクリアし、素晴らしい本を仕上げていらっしゃいます。困難とは次のような点です。
・ アルツハイマー病や認知症の医学研究は最近急激に発展しています。その内容を盛り込まなければ良い本にはなり得ませんが、最新の医学的発展は当然ながら専門家以外にはとても難しいものになってしまいます。#1 認知症 は、そうした点までわかりやすく解説しています。
・ 最新の医学研究の成果と臨床(治療、ケア)の間にはなお大きなギャップがあるのが、認知症・アルツハイマー病の現実です。ですから、両方の結びつきを一般の人々に示すことはかなり難しい作業です。大部分の場合、医学研究の専門家は臨床活動をあまり (または「全く」) 行なっておらず、逆に治療やケアなどの臨床活動の専門家は医学研究をあまり (または「全く」) 行なっていないからです。他の病気ではこのような乖離は必ずしも著明ではありませんが、認知症・アルツハイマー病では残念ながら著明な乖離があるのが現状です。けれども著者の池田先生は、認知症の研究も臨床も一流という稀な医学者であり、その特長が#1 認知症 には十二分に表れています。
・ 認知症は根治できないものが多い。それを前面に出すと暗い内容になることは避けられません。かといって非現実的な希望を前面に出せば結局は嘘を書いた本になります。#1 認知症 は(下に紹介した章立ての通り)、冒頭に「根治できない病気が多いのになぜ早期診断が必要なのか」と、「根治できない病気が多い」という厳しい現実をつきつけた上で、その現実に即した建設的な導入をしています。このことに象徴されるように、#1 認知症 は、決して現実から乖離することなく、最善の治療やケアを、研究・臨床の両方に基づいて解説しています。
章立ては以下の通りです。

T 根治できない病気が多いのになぜ早期診断が必要なのか
第1章 診断のプロセス
認知症に類似した状態 / 治療可能な認知症、予防可能な認知症 / 根本的治療が困難な認知症
第2章 脳と認知、脳と行動
第3章 行動と心理の症状
U 主な病気の診断・治療・ケア
第1章 血管性認知症
第2章 アルツハイマー病
すべての患者さんにあらわれる症状 --- 認知機能障害 / 一過性にあらわれる症状 --- 精神症状と行動障害 / 診断 / 治療とケア 
第3章 レビー小体型認知症
症状と診断 / 治療とケア 
第4章 前頭側頭葉変性症
症状と診断 / 治療とケア
V 認知症医療のこれから
第1章 若年性認知症
第2章 生物学的変化、心理的特徴、社会的背景
第3章 認知症と自動車運転
第4章 熊本モデル --- 今後の認知症医療について


 


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