【3285】人を殺したいと思うことはなくなりましたが、他人からも家族からも悪意によって排斥されてつらいです(【2924】のその後)

 Q: 21歳男です。以前19歳当時、【2924】小学校4年から犯罪を繰り返していますが、罪悪感が全くありません。刑務所には行きたくないですで回答をいただいた者です。
あれから、人を殺したいと思うことはなくなりました。自分の精神状態がどのようなものなのか、についても、あまり興味がなくなりました。
今回は、新しくできた悩みについてです。少しでもご教示して頂ければ幸いです。

以前の質問をしてから二回仕事をしたのですが、いつもと同じように三ヶ月も保たずにやめてしまいました。
一回目は、食品工場に派遣社員としていきました。一ヶ月しか続かず、途中からはバックレることを前提で適当に仕事をしていました。その時、気になったことがあります。
派遣社員は直接雇用のパートと違い、毎日の勤務終了時、派遣会社から支給された用紙に勤務時間等を書き込んで勤務先の社員の人からサインを貰わないといけません。
僕はいつものように社員の人がいる事務室に行って、サインを貰おうとしました。
しかしいつもの人がいなかったので、一人だけいた女の人に「すみません、サインをお願いします」と声をかけました。
するとその女の人は舌打ちをしながら僕の手から強引に用紙を奪い取って、不貞腐れたような態度でサインを書いた後、乱暴に用紙を返してきました。
僕は不満を言おうとしたのですが、面倒事を起こしたくなかったので何も言わず、すぐに着替えをして帰りました。
帰る時、事務室の中をチラッと見ると、その女の人がバカにしたような目でこちらを見ていました。
その時から僕は、工場の社員は皆僕の事を馬鹿にしているのではないか、と思うようになって、すぐにその仕事をやめてしまいました。
それから僕は毎日酒を飲んで過ごしました。すぐに工場で稼いだお金はなくなってしまいました。
3ヶ月程は買い物以外の時間ずっと家に引きこもっていたのですが、またいつものように仕事をする意欲が湧いてきて、ネットで求人を探しました。
そこで目にした北海道の牧場の求人(二ヶ月の短期バイト)に応募をして、北海道に行きました。
牧場の人は優しくて、仕事はきつかったけど頑張れました。しかし、最初は優しかった牧場の人が、だんだん僕に対して冷たい態度を取ってくるようになりました。例を挙げてみます。

・やったことのない作業をやれと言われて、「やったことがない」と言うと舌打ちをされた。
・僕がびっくりするのを分かっていて、わざと僕の近くで猟銃の試し打ちをするようになった。
・話しかけてくる回数が減った。
・言葉の端々に、僕を馬鹿にするようなニュアンスを含んだ言葉が混じっていることが多くなった。
・期間を満了して帰る際、他の人はノートにメッセージを書いて、写真を撮ってメッセージと一緒に貼るのに、僕の写真だけ撮らなかった。

他にも色々あったと思うのですが、あまり思い出せません。とにかく、嫌な思い出しか残っていません。
牧場から帰ってから現在までの約半年間、僕はずっと家に引きこもっています。
最近、聖書を読んだからか、馬鹿にされることに関しては特に何も思わなくなりました。人から馬鹿にされるのが嫌なのは、人を馬鹿にする心があるからだと気付いたからです。

しかし、耐えられないことがあります。
家族から排斥されることです。
今、僕には友達がいません。だから、話し相手になってくれる人は家族しかいません。
家族はいつも自分の部屋でパソコンやスマホをいじっていて、僕の話を聞いてくれません。
でも、パソコンやスマホをいじりながら話を聞いてくれることはあります。
大抵は反応が無かったりするのでほとんど独り言のような感じになります。それだけでも僕にとっては十分です。
しかしいつも決まって10〜30分程経つと急に「うるさい」とか、「鬱陶しい」と言い出し、僕を部屋から追い出します。
なぜ話を聞いてくれないのか、と考えて思ったのですが、彼らは僕が追い出されて落ち込んでいるのを見て、面白がっているのではないでしょうか。
パソコンやスマホをいじっているのも、メッセージツールを使い、誰かと共謀して僕を落ち込ませるため、のような気がします。
そう考えると以前の職場で起きた嫌なことにも説明がつくような気がします。
家族が話を聞いてくれないので、スカイプで誰かと話そうとも思ったのです
が、僕がスカイプを使おうとするといつも決まって僕の部屋のドアの前から気配がします。また僕をネタにして笑うのかと思うと話す気が起こりません。

こんな生活なので、僕は最近、うつ病になっているのではないかと思います。
何をするにも意欲が湧きません。風呂に入るのも億劫で、二週間に一回入るか入らないかです。髪を切るのも、ヒゲを剃るのも面倒なので放ったらかしです。身長は170cm以上あるのですが、体重はたぶん今、50kgを切っていると思います。好きだったゲームもやる気が起こりません。性欲もかなり減衰している気がします。
酒を飲むと少し症状が改善されるので買うように親に言っているのですが、買ってくれません。このことからも、僕が苦しんでいるのを楽しんでいると分かります
うつを改善するためには、悪意に満ちたこの家から出たほうがいいと思うのですが、僕には生活力がありません。
それでも、こんな生活が続くのであればホームレスになったほうがマシだと思います。しかし、なかなか一歩が踏み出せません。
うつ病に詳しい林先生であれば、何か別の良い解決策を知っているのではないかと思ってメールしました。どうか、回答よろしくお願いします。

 

林: まず、質問者はうつ病ではありません。
経過を振り返ってみますと、2年前の時点では、【2924】の回答の通り、反社会性パーソナリティ障害であると診断するのが妥当です。
しかしながら今回の【3285】の内容からは、典型的な反社会性パーソナリティ障害とは異なっていると認められます。結論を先に述べますと、【3285】のケースに最もよくはてまるのは、

類破瓜病  (るいはかびょう)  =  Heboidophrenie (ヘボイドフレニー)

という概念だと思います。以下、なぜそのように言えるかを説明します。

まず、【2924】の時点では、反社会的傾向が明らかです。そして少年時代には行為障害と診断しうる状態であったと認められることからも、【2924】の時点では反社会性パーソナリティ障害によくあてはまると言えます。

しかしながらそれから2年を経過した現在では、質問のタイトルの「他人からも家族からも悪意によって排斥されてつらいです」に象徴されるように、被害関係念慮が明らかになっています。
それはまず食品工場でのエピソードから始まっています:

するとその女の人は舌打ちをしながら僕の手から強引に用紙を奪い取って、不貞腐れたような態度でサインを書いた後、乱暴に用紙を返してきました。
  僕は不満を言おうとしたのですが、面倒事を起こしたくなかったので何も言わず、すぐに着替えをして帰りました。
  帰る時、事務室の中をチラッと見ると、その女の人がバカにしたような目でこちらを見ていました。
  その時から僕は、工場の社員は皆僕の事を馬鹿にしているのではないか、と思うようになって、すぐにその仕事をやめてしまいました。

上記は被害念慮、または被害妄想と解し得る内容です。
もっとも上記だけでは、健常でも見られる猜疑心の範囲とみなせないことはありません。
けれどもこの後に勤めた牧場でも、さらには自宅でも、同じようなニュアンスの体験が見られ、かつ、自分がそのように排斥されているというのは確信に近いことなどからは、ふつうにいう猜疑心のレベルではないことが窺われます。

もっとも、【2924】小学校4年から犯罪を繰り返していますが、罪悪感が全くありません。刑務所には行きたくないですの内容からすれば、実際に周囲から嫌われ、排斥されているという可能性も否定できないものの、

・やったことのない作業をやれと言われて、「やったことがない」と言うと舌打ちをされた。
 ・僕がびっくりするのを分かっていて、わざと僕の近くで猟銃の試し打ちをするようになった。
 ・話しかけてくる回数が減った。
 ・言葉の端々に、僕を馬鹿にするようなニュアンスを含んだ言葉が混じっていることが多くなった。
 ・期間を満了して帰る際、他の人はノートにメッセージを書いて、写真を撮ってメッセージと一緒に貼るのに、僕の写真だけ撮らなかった。

上記のように、【3285】のケースの過去を知らない(または、知っていたとしても、問題を実感できるほどまでに知っていたとは思えない)人からも、高い頻度で悪意を持って排斥されているのが事実とは考えられませんから、被害念慮または被害妄想であることはほぼ確実と言えます。

すると、今の状態(【3285】の質問が出されたときの状態)は、診断基準を字義通りに適用すれば、妄想性パーソナリティ障害にあたるかもしれません。これに従えば、この【3285】のケースは、当初は反社会性パーソナリティ障害であったが、後に妄想性パーソナリティ障害に変化した、ということになります。しかしこれはあまりに診断基準の字面のみにとらわれた判定ですし(但し、診断基準はそのようにあくまで字面通りに判定することこそが正しい使い方であるとする考え方も成立しますが)、かえって診断を混乱させるものになります。

そこで浮上するのが、この回答の冒頭で指摘した類破瓜病 Heboidophrenie (ヘボイドフレニー)です。この病名は19世紀に提唱されたもので、現代の精神医学の書には次のように記されています。

類破瓜病 heboidoprenia (E), Heboidophrenie (D) [Kahlbaum KL 1890]
heboidophrenie (F)は、欲動の異常を主徴とする青年期精神病。何かしてら精神障害の遺伝負因を認めることが多く、幻覚・妄想など明らかな精神症状はないが、気分変化、社会や家庭による反抗、考えの偏りなど生活態度全般の障害を前景とし一部は犯罪に結びつく。病気であるとの自覚はあり荒廃に達しない。初め[1884]は誤った教育によるモラル精神病moralishes Irresien (D) の一類型として提唱されたが、のちに青年期に発病する精神障害のなかで破瓜病に近縁の別種とされた。統合失調症の単純型、人格異常、境界性パーソナリティ障害などと関連をもつ。

濱田秀伯 『精神症候学』 第2版 弘文堂 2009.  400-401頁

類破瓜病は現代の公式の診断基準には存在せず、精神科の一般臨床でも使われることはまずない、いわば古典的な病名です。
そして、類破瓜病に限らず、古典的な病名で「統合失調症の単純型、人格異常、境界性パーソナリティ障害などと関連をもつ」とされているものは、現代でいえば発達障害にあたることがしばしばあります。
私見では、類破瓜病とされてきたものの中には、確かに現代でいうところの発達障害にあたるものも相当数含まれていたと思います。けれどもそれは、「類破瓜病のすべてが現代でいうところの発達障害である」ことを意味しません。破瓜病(=統合失調症の一類型)に類似し、統合失調症の近縁疾患としての類破瓜病というものは確かに存在すると私は考えています。
そしてこの【3285】はその類破瓜病によくあてはまるケースです。
そう言える根拠は、上記の引用の記載に一致する点が多いことに加え、統合失調症の色彩が強い症状も認めることが挙げられます。
すなわち、ご家族の対するこの被害妄想です:

 パソコンやスマホをいじっているのも、メッセージツールを使い、誰かと共謀して僕を落ち込ませるため、のような気がします。
  そう考えると以前の職場で起きた嫌なことにも説明がつくような気がします。
  家族が話を聞いてくれないので、スカイプで誰かと話そうとも思ったのです
 が、僕がスカイプを使おうとするといつも決まって僕の部屋のドアの前から気配がします。また僕をネタにして笑うのかと思うと話す気が起こりません。

このように、自分の行動に合わせて他人が何らかの動きをする(その多くは嫌がらせと本人は解します)というのは、統合失調症の色彩が強い症状と言えます。

そうしますと、この【3285】の症状は、薬で改善することが期待できるでしょう。その薬とは、統合失調症の治療薬である抗精神病薬です。少量の抗精神病薬で劇的に改善することさえ期待できるかもしれません。
特に注意すべきことは、この回答の冒頭で述べた通り、うつ病とははっきり異なるということです。うつ病の治療薬である抗うつ薬は、この【3285】のケースでは逆に症状を悪化させるおそれも大きいと言えます。

【2924】小学校4年から犯罪を繰り返していますが、罪悪感が全くありません。刑務所には行きたくないですでは、治療については悲観的なニュアンスの回答をしましたが、この【3285】までの経過を見ますと、以上の通り、薬の治療の効果が期待できると言えます。精神科を受診し治療を受けることをお勧めします。

なお、類破瓜病については、原著であるKahlbaumカールバウムの論文が日本語に翻訳されて出版されています。

K.L. カールバウム   類破瓜病について   翻訳 浅井昌弘 / 解説 保崎秀夫
松下・影山編: 現代精神医学の礎 Ⅱ 統合失調症・妄想   時空出版 東京 2009.  pp.75-92

(2016.9.5.)

05. 9月 2016 by Hayashi
カテゴリー: うつ病, パーソナリティ障害, 発達障害, 精神科Q&A, 統合失調症 タグ: |